開拓者たち
かねてより労働は悪である、と主張してきたわたしの意見が受け容れられたのかどうかはわからないが、わたしは5年間お世話になった弊社を円満に退職することができた。社会の歯車を自主的に降りるというのはなんと気持ちの良いことだろう。まあ、会社勤めを辞めたところで、労働自体はついて回るのだが。
わたしが次に従事するのは第一次産業であった。都会の若者が地方に共同出資で土地を買い、そこで作物を育て、売る。当然やって来る若者はずぶの素人であるから、若者の人口流出を防ぎたい地方サイドから農業のノウハウを持つ人材を監督につけて学ばせる。ハイリスクハイリターンだが、地方の衰退を防ぐための策としては有効といえる。
言ってみれば双方にとって賭けである。
わたしが私鉄を降り、20分ほど歩いて着いた先はのどかな田園地帯であった。蒸し暑いが都会ほどではない。木陰は涼しいくらいだ。既に複数人のプログラム参加者が集まり、若者はスマホを弄ったり、農家側は寄り集まって歓談したりと、各自が思い思いに過ごしている。
開始時間までに、暇そうにしていた女の子に話しかける。わたしと年格好も近く、親しみやすい雰囲気だ。
「こんにちは~」
「あっ…こんにちは!」
簡単に自己紹介をして、プログラムの下馬評を述べ合う。
「どうなんでしょうね、実際これ」
「うーん、なんとも……でも、向こうのおばあさんたち、悪い人じゃなさそうですよ?」
彼女はそちらに目線をやった。なるほどごく普通の、素朴なおばちゃんという風情だ。サンバイザーとタオルの組み合わせがそれっぽいし、会話中に笑顔がなんだか可愛らしいようにも思えてくる。第一印象は悪くない。
「わたし、会社辞めてきたんですよ」
「えー!?」
「Iターンとか言うじゃないですか」
「あはは。国から支援とか出ればいいのにね」
「ねー。成功したらいくらとか」
話しているうちに時間が来た。主催者とか、とにかく仲介する業者みたいな人はいないらしい。先のおばちゃんたちが挨拶、点呼を行っていた。
「ええ……皆さん本当に、遠いところをわざわざお越し頂き……」
たどたどしい喋り方は、本当に慣れていないのだな、と感じさせる。本人は詰まる度に謝っていたが、却って印象が良く、若者側から声援が飛んでいた。
「――それでは、慣れないことも多いかと思いますが……」
さっき話した子に、雰囲気良さそう、と耳打つ。ね、と相づちが返ってくる。
新天地での賭けは、とりあえずは好調な滑り出しと言って良さそうだ。
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