髪型黙示録

「……うーん」

 思い立って久々に髪を切ったが、どうもしっくりこないというか、有り体に言えばだ。夏だし、短めがいいかと思ってそうしたんだけど。やっぱりセルフ散髪はリスクが大きい、ということがわかった。

 わかったことは大きな収穫だが、それ以上どうすることもできない。とりあえず、向こう数週間は知り合いの誰とも会わないような生活を心がけるしかない。


『もしもしさわちゃん? 今ヒマ?』

「……」

 そういうときに限って、直電じかでん入れてくる友人。別にこのトラブルメーカー体質の友人を疎ましく思ったことはない。ただ、状況を弁えてはくれんかと思っているだけだ。

「何? 今誰とも会いたくないんだけど」

『えっ何……失恋とか!?』

「抜かせ! いや……なんていうか、笑わないで聞いてほしいんだけど」

『おうおう……真剣なやつか?』

「……そこまででもない」

 かといってそういう訊き方をされると、妙に罪悪感が湧くというか……。



「――はーっ、笑った笑った……!」

 やはり断ったほうがよかった、なんて思いに駆られたところで始まらない。友人はそういう性格なのだ。そんなやり方をしていればいずれ私以外の友人を失う羽目になるぞ、と警告しているのだが、聞き入れてもらえた試しはない。

「いやいや、別にわたしは沢ちゃんを嘲笑いに来たわけじゃないよ?」

「……今さんざん笑ったじゃん」

「違う違う、いやだってそんな……坊ちゃん刈りじゃん……ふふふっ……あ、駄目だまた笑えて――」

 彼女は再び、私の頭を指差しながらさぞ面白そうに笑い再開はじめた。

 友人は選べるのであれば選ぶべきだろう。少なくとも髪型一つでここまでツボにはまる女といつも一緒にいたところで、もうカツラを被る以外の選択肢を失うだけだ。

「いや、いやいや、ごめんて、これで絶交とか勘弁願いたいんだけどさ」

「絶交されそうになってる自覚があるんだったらやめな!?」

 友人は目を瞑って麦茶を飲み干した。私の頭を見たら笑ってしまうから……だろうか。だとしたらあまりにも失礼極まりないのではないか。

「……でもなぁ。セルフ散髪かぁ……うん……憧れはあるね」

「この惨状を見てそのセリフが吐けるか。すごいな……」

「いやいや。馬鹿にならないのよカット代って」

「……まぁ、やるんだったら自己責任でね」

「うんうん、わかってるわかってる……ブフッ」

「おい!」

「いや、ちょ、ごめん、あ、あまりにも面白――くふふっ!」

「よし。てめえがセルフ散髪してきたとき、思いっ切り馬鹿にしてやるからな」

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