ふたりきりマインド
「呑み行かない?」
就業時間終了間際、荷物をまとめて帰り支度をしている私の肩を叩く者があった。
「
同僚の
「いい店見つけたんだよ。3駅向こうなんだけど」
そう言って、真紀はにやっと口角を上げる。私は迷うこともなく頷いた。
「いいんじゃない、ここんとこ時間取れなかったし」
真紀らしいセレクトの、落ち着いた雰囲気のバーだった。一軒家を改造したものらしく、面積は狭いが、酒数はそれなりに多い。
「いいね。穴場って感じ」
「でしょ? 上司と一回来たことあって、これは是非、
「ふふ。ありがとね」
二人で並んで、とりあえず熱燗を注文する。夏でも冬でも関係はない。私たちが呑むときの儀式のようなもので、最初の一杯は他でもない、醸造純米の熱燗を頂くのだ。それで、互いの徳利から猪口になみなみと注いで、同時に呑み干す。
いつの間にか、そういうことになっていた。
「お疲れ」
「お疲れ。で…乾杯」
「うん。乾杯」
「でさぁ……うちのボスがね……」
「うんうん……」
二人で呑みながらクダを巻く。どの店に入っても同じことをするのだから無意味ではないか、などと考え始めるとキリがないので、とりあえずぼちぼちとビンを空けながら他愛もない雑談に花を咲かせてゆく。
「……ってなもんでさ……ヤだね、歳は取りたくないよ」
「あ、でもその言い回しが既におばさん臭いかも」
「なんだとぅ!」
拳を振り上げて殴るフリ。私たちだけに通じる、緩くて、心地良くて、少し間延びした空間の、二人だけの飲み会だ。
「……そういや、わりと呑んだな」
「いーんじゃない、久々なんだし」
「そっか」
緩い時間は停滞のそれに似ていた。世の中は忙しない。ゆえに立ち止まることも大事なのだ……私と真紀はそう考えている。
「……好きだなぁ」
「何が?」
帰りの電車。私のぽつりと漏らした一言に、真紀はスマホから顔を上げて言った。
「……なんでも」
笑顔でそう吐き出して、真紀の肩に寄りかかった。
「……そうだね。私も……好きかも」
「んー?」
本当はわかってて答えたんじゃないだろうか。ぽそり、と小さな声がそう言った。
「ずっとこのままがいいねぇ」
「だね。でもたぶん……ずっとこのままだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
きっとそうだよ。真紀は微笑んで見せた。
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