burden

 一杯のホットココアで胃を満たし、私はデスクトップに向き合った。

 明日までの報告書は、目下3分の1程、推敲が終わっている。この調子で書き進めれば、午前4時にはおおかたの目処がつくだろう。

「んー……」

 ……そう思ってキーを叩いていたのだが、さっきから気づいたら何度となく意識を失っている。

(……やっぱりコーヒー飲まなきゃダメか)

 医者からカフェインはやめとけと言われて数年経つ。あの頃は元気で、子どもの頃にも似た万能感が身体を支配していた。なんでもできると思ってた。疲れなんか知らないと……ある日、いつものように3時間睡眠からのエナジードリンクをキメるコースで出社、そして職務中に嘔吐、意識喪失。病院に搬送された。

 半月の入院。会社は辞めた。新卒で一部上場の企業に入れたことを自慢していたのに。そこからの再就職は艱難かんなんを極めた……居酒屋に新聞配達にハウスクリーニングに、とにかく繋ぎとしてのバイトに奔走しまくった。辛かったが、ある意味楽しくもあった。何年かがむしゃらに頑張って、正式に今の会社の内定がもらえたときは、思わず涙が零れた。

 今の仕事はとても合っている……と思う。まだ倒れたことがないだけかもしれない。わからない。20代も後半になって、自分の体調管理ができていないのだ……それは恥ずべきことで、同時に仕方のないことだとも割り切っている。

(軽く寝るか)

 こういう断続的な睡眠は良くないとわかっていても、結局のところ一睡もしないよりはマシだ。そもそもこの体調で報告書なんかしたためてもうまくいく筈がない。時刻は午前2時。私はデスクトップの電源を落として、倒れるように床についた。



「…………」

 それでもって、締め切り前の惰眠というものは、人を極限まで追い詰める。寝たほうがマシ? 寝ても間に合う? そんな妄言を吐いたのはどこの誰だ。何が楽しくて午前5時から報告書に取り掛からないとならないのか。

 それでも、眠ったおかげか、かなりのペースで文字を打つことができた。出社まで1時間半。思いの外順調だ。これなら朝ごはんさえ食べなければ間に合うかもしれない……。



「はい」

 どうにか書き上げた報告書を、同じ課の同僚に手渡した。

「おっ、サンキュー、竹本たけもとさん。昨日の今日で大変だったでしょ?」

「うん……まぁまぁ」

 少しだけ無理をして、同僚に微笑みかける。明日あたり有給を貰おう。

「無理しちゃ駄目よ⁉」

 同僚の声が背中に飛んでくる。さぁ、どうだろう。倒れないようにはしてみるけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る