人間庭園

 一見すれば、そこは植物園と呼んで差し支えのない空間。実際、多種多様な植物が実をつけ花をつけ、また香りを発して咲きほこっている様子さまは、一般的に言われる植物園、もしくは庭園のそれと同じだ。

「これを……博士が、おひとりで?」

 夏の午後。とは思えないほど、湿度も温度も控えめで、少し肌寒いくらいのそれでいて無風の植物園。私はメモ帳を片手に、目の前に立つ人物に向かって、訊ねる。

 博士、私がそう呼んだ女は、総白髪で腰の悪い、杖をついた老人だった。どこか浮世離れした雰囲気を持つ彼女は、離婚して20年来の孤独を、植物を育てることで紛らわせてきた。

「協力者は……いたにはいたけれど」

 博士は顎を撫でながら、どこか懐かしむような口調で言った。ごく穏やかで、敵意も感じられない。

 


 このなんの変哲もない植物園。しかし、藤棚からはにしか見えないものがぶら下がっていて、多肉植物からはが突き出ている。胴体や頭部は見当たらないが、どれも本物の人間から切断したとしか思えないような生々しさで、正直かなりグロテスクだった。見ているだけでも吐きそうだ。

 しかしながら、血の匂いはしない。彼女――博士に曰く、遺伝子操作でモノだと。にわかには信じがたかった。触れるなと言い含められていたのも相まって、もう本物にしか見えなかった。

「博士は」

 取材が一段落したので、私はメモを閉じて切り出した。

「どうして、こういった……その、ヒトの手足を模したモノを造ろうと思ったのですか?」

 できる限り失礼のないように訊ねる。博士は相変わらずゆったりとした口調と空気を保ったまま、答えた。

「――寂しかったの」

 眼鏡の奥の、眼球が窄まる。目尻が下がり、どこか遠くを見るような目になる。

「みんな行ってしまった。行かないでくれと願っても、誰も私の傍にはいてくれなかった。それがとても寂しく、悲しかった」

 悲痛な声音だった。それはすぐに

「だから造ったのさ。人の温もり、その残滓を、いつまでも感じられるようにと」

 私は寒気を覚えた。必要なことは知った、早くここから離れろ。そう直感が告げていた。しかし、案内された時点で迷路みたいだったこの場所からひとりで出るのは至難の業だとも思った。

「あなたも――」

 博士の目がこちらを捉える。逃げなければ、そう思ったが、足がすくんで動けなかった。

 瞳には、暗澹とした濁りがあった。

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