伝播
駅のホームで。教室で。
トイレで、お風呂で、布団の中でさえ。
「――ッ!」
私は、何かを感じている。
視線、というのとは少し違う。気配というわけでもない。もしかすると生物ではないのかも知れない。
兎に角、私は常に――何かに怯えている。その何かは実体を伴わない。気の迷いだと割り切って、大声で叫んでみたり、友だちとカラオケボックスに歌いに行ったりもしたが、一向にマシにならなかった。
それどころか、日に日に酷くなっているような気がする。他のことをしていても、脳内に割り込んできて、思考を寸断する。何かは確実に、私だけを侵食していた。
「最近、変だよ」
登校中、親友が私に話しかけてくれた。彼女とはバイト先も同じで、私が急に顔を出さなくなったことを心配してくれているようだった。
「うん……ちょっとね」
「何か隠してない? もしかして妊娠とか――」
「さすがに違うよ!」
「じゃあなんだってのよ……心配なんだよ、あたしは」
少し潤んだ瞳で、彼女は私を睨むように見つめた。
「なんでもない、ちょっと体調良くないだけ」
「……」
彼女は納得していない様子だった。それで、もしアレだったら学校も休みなよ、と付け加えて、私の手に何かを押しつけて行ってしまった。
見ると、生理の薬だった。
「……違うって言ってるのに」
その夜、彼女に電話をした。今私が何に悩まされ、何に怯えているのかを話した。
『今も、それはいるの?』
彼女は特に疑うこともせず、私の話を信じてくれた。私は半ば泣きそうになりながら、うん、と返事した。
実のところ、今日は何かが一段と強く感じられた。だから電話するに踏み切った……覆うような侵すような、私を私でなくしていくような、おそろしき重圧。
「……たすけて」
こうして電話をしている間にも、何かは一層、その力を強めているような気がする。
『ねぇ、大丈夫? ねぇ!!』
重い。のしかかるような苦しみが私を支配していく。親友の声が遠くなる。
「……ごめんね、ありがとう、少しだけ、気が楽に……」
――ありがとう
「……おやすみ」
『……うん。おやすみ』
震える手で、電話を切った。
――ここから出してくれて
そこで、ああ、と気づいた。
電話なんかしちゃいけなかった。伝えてはいけなかった。教えたり、知らせたりしてはいけなかった!
友人は、その翌日から学校に来なくなった。何かは、ほとんど私の体を乗っ取って動けなくしていた。
動くことすら叶わない寝床で、私はひろがるなと呻いた。
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