辛抱

「通行手形を」

 守衛の男は慇懃無礼にそう言った。

「……数年前、来たときはそんなの必要なかったと思うけど」

 ジュリアナは帽子のひさしを傾けながら溜め息を吐いた。

「通行手形がなければ、この先は通れません」

「…………」

 ジュリアナは懐からを取り出した。これでなら諦める。その場合、が発生するだろうが……それはそれで別に対処すればいい。

 ……面倒だが。

「……お通りください」

 幸いにも騙し通せたようだ。ジュリアナはありがと、と手を振って、王国の関所を通り抜けた。



 首都は活気づいていた。しかし心なしか、以前よりも人の数が減った気がする。入国規制が厳しくなったのと何か関係があるのだろうか……ジュリアナは帽子を被り直すと、マントの裾を翻しながら足早に人混みを抜けた。

 首都の裏通りの一画に、古いモーテルがある。待ち合わせ場所はそこだった。

 ドアを決まったリズムでノックする。やや間があって、内鍵の開く音がした。

「――久しぶり、ジュリアナ」

「ああ。久しぶりね、サマンサ」

 王国政府広報官・サマンサは、ジュリアナの恋人兼相棒であり、また無二の親友でもあった。


「なにか動きは?」

「この半年は特には。強いて言うなら、入国規制が一段と厳しく」

「知ってる」

 受け取ったお茶を飲みながら、ジュリアナは嘆息した。

「関所でね。手形見せろって」

「まぁ。持ってたの?」

「偽装なら」

 サマンサがくすりと笑う。

「それで? 今回はゆっくりしていけるのかしら」

「……そうね」

 そうしたいのは山々だけれど。ジュリアナは寂しそうに言って、お茶のカップを置いた。

「きな臭くなると仕事が増えるの。私の稼業はそういうふうにできてる」

「知ってるわ」

 いつの間にか近づいてきたサマンサが、そっとジュリアナの首に手を回した。そのまま、啄むように唇を重ねる。

「……ねぇ」

 束の間の逢瀬。情報交換以外にもを持つそれが、ふたりをたらしめるファクターだった。

「いつ会えるの? 今度はいつになるの?」

 甘く喉を鳴らしてサマンサが問いかける。

「わからない」

 ジュリアナは答える。グローブ越しの手で、サマンサの首筋を撫でる。吐息がかかる距離で、互いの顔を見つめ合う。

「いつか」

 ジュリアナは言った。

「いつか、ふたりでこうして、ずっといつまでも、そうずっと……」

「えぇ」

 サマンサはジュリアナの唇をなぞった。

「だから、ね」

「それまでの辛抱だよ」

 硬い抱擁が、ふたりを包む。

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