あちらのお客様からです

 自分でもこんなにコテコテの「失恋した女」挙動ムーヴをやらかすとは思わなかった。フラれて、スーツのままバーに来て、バーボンをロックで一気飲みすると、これぞ! という喪失感が込み上げてきて、私は泣いた。

「どうして……どうして私じゃあ駄目だったのよぉ……」

 みっともなく泣き腫らしながら、酒のおかわりを頼んで呷る。不健康で不器用だとはわかっているが、想いが破れる度にこういうことをしていると、それが次第にクセになったりしてくるのだ。

 別れるために恋をしているのではない。でも、行く末を見据えた関係しか紡げないのだから仕方がない。腕を絡めて街を歩いても、いずれ訪れる「離別」という薄氷を踏んでいるに過ぎないのだ……そういう自分に絶望して、また酒を呷る。そういう生き方しかできそうになかった。


 いつの間にか眠っていたらしい。私は起きて涎を拭い……そして、目の前にショットグラスが置かれていることに気づいた。

「……へ?」

「あちらのお客様からです。カクテルになります」

 今時そんなことある?

 マスターが承諾しているということはなのだろうが、一応、出所を確認する。しかしバーの照明が暗くてよく見えなかった。人影らしきものは確認できたが。

 くい、とグラスを傾ける。柑橘系の爽やかな酸味と、締め付けるようなが同時に来た。プチ迎え酒には過激な一杯だ。

「……ふぅ」

 席を移動する。こんな古典的な手法でナンパしてくる奴の顔を拝んでおきたかった。


 そして、私は驚いた。。私に古典メソッドを試したのは、歳の頃も中年に差し掛かろうかという、髪をブラウンに染めた中肉中背の美人だった。

「はじめまして」

 ゆっくりと隣に腰を下ろす。はじめまして、囁くような声が返ってきて、また驚く。28の私より若々しい声だったから。

「カクテル、美味しかったです、代金は」

「奢りですわ」

 彼女はこちらを向いて微笑んだ。美魔女……というのは失礼か。化粧もあるのだろうが、綺麗な歳の重ね方をしている人だな、と思った。

「女性の方に口説かれたのははじめてです」

「ふふ……」

 だってあなたが寂しそうだったから。やはり囁くようにそう言って、彼女はマスターを呼んだ。

「失恋したときにぴったりのカクテルって」

「ふふ……いっぱいありそうじゃない?」

「いっぱいあるんですよ」

 蠱惑的な微笑み。吸い込まれそうだ。

「……ねぇ」

「なんですか?」

「ご予定は?」

 指と指を合わせて、上目遣いに訊いてくる。

「……たった今、全部忘れちゃいました」

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