無垢

「ただいま!」

「はい、おかえり」

 部活から帰ったばかりの恵理えりは、汗を滝のように流しながら猛暑に喘いでいた。

「あっついよ! 昨日まで雨降ってたのにぃ」

「体育館より外のほうがいいって言ってたじゃない」

「それはそうだけど……」

 手洗いとうがいを済ませて、わたしが用意した麦茶を飲み干す。よく灼けた首筋に汗の珠が浮かび、嚥下のたびに脈打った。

「……とにかく、こんな炎天下で練習させるのは絶対、間違ってるっ」

 ぷりぷりと怒りながら、恵理は2階に上がってしまった。定期テストが近いという話だったが大丈夫なのだろうか。ま、わたしが見れる範囲など高が知れているが……。


 午前中だけの練習だったので、恵理の昼ご飯を作ってやる必要がある。レタスとツナのチャーハン。味付けは塩コショウにコンソメとマヨネーズ、醤油とめんつゆを少々と至ってシンプル。さっと炒めて盛り付けて、2階の彼女を呼ぶと、1、2分のタイムラグがあって彼女は階下に降りてきた。

「うひょー! おいしそう」

 きゅうりと梅とマヨネーズを和えた小鉢を出しながら、スプーンと割り箸を渡す。恵理はお礼を言って受け取った。

「いただきまーす……んっ…予想通りおいしい!」

「それはなにより」

 目を輝かせてスプーンを動かす娘を見ていると、言いようのない満足感と幸福に包まれた。そして、そうしていると決まって眠気がやって来る。

 わたしは吸い込まれるようにソファに倒れ込んだ。

「おかーさーん……寝ちゃうの?」

 恵理の声が遠くに聞こえる。ちょっとだけね、と言いつつ瞼を閉じる……。




「……さん……おか…――おかーさん、ねえってば」

 恵理の声で現実に引き戻される。

「あ……おはよ恵理、どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。ドラマ始まるよ?」

「えっ嘘」

 もうそんな時間⁉ あまりに惰眠を貪っていた自分に驚きつつ、身体のほうは勝手に動く。気づくとテレビの前に正座していた。

「あ……でも今から観てたら、ご飯」

「いいっていいって。私やるよ」

 恵理はわたしのエプロンを結ぶと、キッチンに立った。なるほど、見てないところでしっかり成長している。

「冷蔵庫、何あったっけ」

「ええと、豚肉の……」

 始まったドラマを観つつ、同時並行で恵理にも指示を出す。さながらマルチタスク……風と苦ではないが。恵理の成長は喜ばしく思いつつも、やはりどこか寂しい。

「恵理!」

「なぁに」

 背中に呼びかける。こういうとき、なんと声をかけるべきか、未だに少し迷ってしまう。

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