タイムリミット

 ももれんは絶望していた。今日が締切の、提出した筈のレポートがまだ来ていないと教務課から連絡があったのだ。彼女は片道1時間をかけて大学に通っており、今は帰宅途中の電車に揺られている最中だった。

(……どういうことだ?)

 どういうことも何も、何か手違いがあったか、さもなくば彼女自身のミスだろう。提出期限は18時まで。現在時刻は17時35分……すぐに電車を折り返すことができれば間に合わなくもない。

 レポートの提出形式がデータであることだけが救いだ。記録メディアに一応はバックアップを残してある。

(……どうする⁉)

 手段1、大学まで引き返す。現実的だがパソコンが空いているとは限らない。そもそも提出用のマシンが決まっているというロートルな仕様で、これがまた反応の鈍い旧型だ…できれば、大学でデータの提出はやりたくない。

 手段2、帰宅し、大学の提出用サーバに家のパソコンから接続する。いつもそうしているから、正直なところこれ以外の手も思いつかない。しかしながら時間的には最も非現実的と言わざるを得ない。

 手段3、指導担当の教員宛てにメールを送る。非常に申し訳ありませんが期日までの提出が難しくお時間をいただければと存じます今後は再発防止に努めます……あまり有効策とは言えないが、現実的といえば現実的だ。


 電車のアナウンスが次駅の接近を告げる。仕方ない。花蓮は両面作戦を展開することにした。手元にはスマホと、レポートを記録したUSBメモリがある。つまり、「担当教員にお詫びのメールを送りつつ」、「電車でキャンパスまで引き返す」を並行で行うことができる。

 反対行きの電車に飛び乗る。お誂え向きの快速急行。2、3駅分の時間を短縮できる!

(間に合え……間に合えっ……!)

 窓の外を流れる景色に祈りながら、凄まじい速度で指を動かし、謝罪文を紡ぐ。誠心誠意、心を込めて文を打つ。

 電車は大学の最寄り駅に滑り込んだ。17時50分。同時、メールを送信。

「いける‼」

 花蓮は叫んだ。ドアが開くやいなや、改札まで猛ダッシュ。サンダルの踵が鬱陶しかった。提出用のマシンがある部屋まで徒歩7分。つまり走れば5分かそこら!

「いっけーーーっ‼」

 花蓮の全力疾走は、後に大学の語り草となった。



「お、終わった……」

 17時59分、『レポートを送信しました』の文字が液晶に踊った。精魂尽き果てた花蓮は大きな溜め息を漏らし、何気なくスマホを見て……『提出期限延長のお知らせ』の文字列に、今度こそ気を失った。

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