解放 Ⅱ

「……ゲスト、ですか」

「ああ。きっと喜ぶと思って……と言っても忙しい人だから、あとで来ることになると思うけど」

 何故、その時点で嫌な予感がしたのかはわからない。ただ、過去からの胸騒ぎがわたしを襲った。

「先に、いくつか取材を済ませておこう」

 記者の人も、夫婦も、誰も彼もにこやかな表情の中で、わたしはただひとり、いつ崩れるともわからない笑顔を保つのに必死だった。


「――それではご登場いただきましょう……忙しい合間を縫って駆けつけてくださった、の旗手、ロイド・スウィンガー氏です!」

 浅黒い肌、子どものような無垢な笑顔、6フィートをゆうに超える背丈、そうでなくても豪胆な足取り……間違いなくあの日、わたしたちを「無責任に」解き放ったその人だ。

「……久しぶり、です」

「そうだな! 元気にしていたかい?」

 英雄・ロイドは、しゃがみ込んでわたしの頭を撫でた。勢いが強く、少し痛い。


「しかしわざわざ来ていただけるとは――」

「奴隷解放運動のきっかけについて――」

 さっきまでわたしを囲んでいた記者たちは、すぐにロイドを持ち上げ始めた。やはり英雄だ、周りからの印象は、良くはなっても底打つことはない……わたしは出されたケーキを前に、溜め息をひとつ、漏らした。





「――それで、リーリヤさんにとっての奴隷生活というのは……」

 取材が再開する。わたしは当時の「待遇」について話した……ロイドは神妙な顔つきでそれを聞いていた。

「…つまり、奴隷というものは見かけほどは苦しいものではなかった、と?」

「わたしだけがたまたまそうだったのかもしれません。他の子たちがどう考えていたかまでは、まだ。ただ――」

 を言っていいのか、躊躇われた。英雄ロイドのいる空間は確かに居心地が悪い。しかし、それはここで彼を吊し上げていい理由になるのだろうか。


「ただ、そうして奴隷からされた人たちが、本当に幸せになれるか、っていうのは……また違うお話だと思うんです」

 記者とロイドの表情が変わった。

「……どういう」

 記者の人から、少し狼狽した声音が漏れる。ロイドはそれを制し、わたしに続きを促した。

「――ミスター・スウィンガー。あなたの行いは……あなたの『解放』は、その実独りよがりのそれなのでは?」

 言ってやった、というより、言ってしまった、のほうがいくらか近い。半分は暴言であると言い切ってもよかった。

「……」

 ロイドは明らかに、言葉に窮していた。

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