解放 Ⅲ

「……あの」

 記者の人が、遠慮がちに割って入った。

「たとえそうであったとしても、スウィンガー氏は各地で奴隷制度から幼い子どもたちを救っているのです。その行いを否定するなんて……」

「わかっています」

 本当はわかっているのかどうかなんて定かではない。単に「英雄」に対するアンチテーゼになりたいだけなのかもしれない。ただ、それでもわたしの脳裏には、の面影がこびりついていた。

 わたしは息を吸った。そして、覚悟を決めた。

「――わたしの友だち……アシュリーという名前ですが……彼女も、わたしと同じところで奴隷として働かされていました。ずっとみんなで、いつかは脱け出そうって話し続けて……は案外早くにやって来ました」

 ロイドのほうを見る。石のように押し黙っていた。

「解放していただいたことには感謝しています。ありがとうミスター・スウィンガー……しかしそれでも、わたしにはアシュリーが、いきなり自由の中へと、無責任に放り出されたアシュリーが心配で仕方ないんです」

 言ってみてから、私情だと気づいた。わたしは世の中の仕組みをよく知らない、英雄がいるで、解放された奴隷たちの後援会めいたものはまだ存在自体が確立していないのかもしれない。英雄ロイドに、罪はないのかもしれない。

 だが、すべては遅きに逸していた。

 ロイドは天を仰ぎ、長い息を吐いた。表情は読めなかった。哀しんでいるようにも、憮然としているようにもとれた。



「――アシュリーという子の行方を……追うことはできますか」

 長い時間が経って、ロイドは記者にそう言った。そんな問題ではないと、そうしただけで解決する問題ではないとわかっていた、アシュリーだけの問題じゃないということはわかっていたけれど、わたしは気持ちが昂ぶるのを感じた。

「……無理ではありませんが」

「あの!」

 わたしはその会話に割り込んだ。

「わたしも……行っていいですか」

「……危険が、伴うかもしれません」

「かまいません」

 アシュリーが露頭に迷っているとしたら……それはきっと、わたしの責任でもある。






 アシュリーは服飾品の加工場で働いていた。時給はわたしより安く、就寝も同僚と雑魚寝という有様だったが。それでも彼女が無事に生きていたというだけで、わたしは満たされたのだった。

 英雄ロイドは、奴隷たちの「解放後」のケアにも重点を置くと宣言した。同時に、解放運動を行っていた自分に驕りがあったことを認めた。わたしはそのことを、とても、とても嬉しく思ったのだった。

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