解放 Ⅰ
奴隷解放とは、結局のところ英雄の自己陶酔の一環に過ぎないのではないだろうか?
元奴隷のわたしは、時々そんなことを考える。今でこそ職に就けてはいるが、彼ら……英雄と呼ばれる人たちは、解放されたわたしたちに援助をしてくれなかった。奴隷としての日々は確かに過酷だったが、しかしそこには曲がりなりにも秩序があったのだ。それを突然奪われ、君たちは今から自由だ、好きに羽ばたけ! というのは、いくらなんでも無責任すぎやしないだろうか。
「リーリヤや、1階のお掃除をお願いできるかい」
「はいっ、ただいま」
今わたしは、とある地方の、奴隷制度のない地方の豪農のお屋敷で住み込みで働いている。それ自体に不満はなく、奴隷時代よりずっと待遇はいい。しかし、わたしはずっと一つのことが気にかかっていた。
モップをバケツに浸けて、床の上にぶちまける。綺麗な水で床を掃除できるなんて、もうそれだけで嬉しくって仕方がない。屋敷は広いけれど、モップを持ってあちこち行けるというだけで元が取れる。
それくらい奴隷時代は酷かった。けれど、同時にそれを懐かしく思ってもしまう。この屋敷の豪農夫婦には子がおらず、かつわたしの教育は家庭教師が済ませてしまうため、同世代の友だちというのがいなかったのだ。
――奴隷だった頃にはいた。わたしの一つ下で、少し要領が悪くて。だから「解放」のあとが心配なのだが、連絡を取る手段がない。充実した日々の中で、それだけが心に引っかかっていた。
「取材?」
「そう、リーリヤちゃん、奴隷だったでしょう?」
あまり思い出したくないかも知れないけど。雇い主のマリーおばさんは、少しだけ申し訳なさそうに眉根を寄せて、言った。
「その時のことをね、聞かせてほしいんだって」
わたし自身は全然構わない。辛くはあったが楽しみもあったし、少なからず友人もいた。そもそも健康管理をされているタイプの奴隷だったのだ。
……もはや、奴隷とは言い難いほどの待遇だった。
「ええ、お受けします」
わたしは二つ返事で答えた。
取材の朝、わたしは夫婦が新調してくれたかわいいワンピースを着て、記者の人たちを出迎えた。
「今日はどうぞよろしく、リーリヤさん」
「はい、お願いしますね」
カーテシーでお辞儀、それからにこっと笑う……上流階級にウケのいいルーティンだ。それだけで大人たちが笑顔になるのは、見ていて気分が良かった。
だが。
「今日はね、とある特別なゲストをお招きしていて――」
わたしの心臓が、ドクリ、と跳ねた。
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