快眠業者 ⅩⅩⅩ

 経過時間がどうであれ、加奈かなのやるべきことはひとつ。なるべく早く快眠請負人を探すこと、そしてどういった意図で催眠を施したのか確認すること……どのみち合意の上だ。使用人の姿も見えないのが気にかかるが、それでも快眠請負人が加奈を危険にさらすような真似はすまい。ある種の油断とともに、加奈は廊下から小部屋に入った。鍵はかかっていなかった。

「――あ」

 そしてすぐに、その行いを後悔することとなった。





「いやいやいやなんでっ⁉」

 部屋の扉を開け放った瞬間、大量の水が襲い掛かってきた。それは一気に加奈の足元を満たし、くるぶしまでを漬けるに至った。加奈はとりあえず悲鳴をあげながら部屋から離れ、入口へ向かった。その途中でも、至る所から浸水が始まっていた。

(なんでっ……なにこれ!?)

 玄関に辿り着くが、押しても引いても扉は開かず、水量は増える一方だった。加奈はパニックになった。助けて、と叫びながら、半狂乱で扉を叩く。

「誰か――っ」

 膝から頽れる。膝立ちの高さになると、胸の下まで水が来ている。最悪2階に上がればいいが、それですらも時間の問題だ……。

 加奈は立ち上がり、と同時に、背後に気配を感じて。

 ――振り返った。

「――か」

「お待たせしました、加奈さん。申しわ――」

「快眠さんッ!!」

「わぶっ」

 裾が濡れるのも構わず、加奈は快眠請負人に飛びついた。気がつけば泣いていた。ずっと不安だった、また前みたいに消えてしまいやしないかと、ずっと。

「どこに……どこに行ってたんですか、わたし、この館の中で、ずっと不安で、水、水が」

「落ち着いて、加奈さん」

 快眠請負人は加奈の背を叩いて諭す。

「落ち着いて。貴女なら分かっている筈です。これは」

「……はぁ、はぁ」

 加奈は肩を上下させた。パニックが引いて、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 昨日と……つまり眠る前と変わらない姿の快眠請負人が、そこにいた。

「良かっ……た…………」

 安心したらまた泣けてきた。加奈は顔を覆いながら、ありがとう、ごめんなさい、と繰り返した。

「……やはり精神負担が大きかったか。ならオーソドックスで、圧迫感を与えられるけれど……ごめんなさい、加奈さん。謝るのは私のほう……少しばかり

 快眠請負人はこうべを垂れた。

「……ごめんなさい、私のほうこそ取り乱して」

 でも、この水はあまりにもリアルで、到底幻覚のそれとは思えない。快眠請負人の能力は、加奈の想像の及ばないところにまで達している。

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