逃避行
長距離トラックの運転手は、確かに持久力とか体力とかその他いろいろなスキルを要求されるし、給料だって高くもないが、それでも職にあぶれることはない。
何より、自由だ。時速120キロで深夜の高速道路を飛ばすのは実のところ法律違反だが、気持ちいい。捕まったことはないので大丈夫だろう。
で、だ。
今、時速120キロで疾走するトレーラーの助手席には、小さなお客様が座っている。黒い帽子を被って、Tシャツにショートパンツの女の子。歳は19だというが、このぶんだと逆サバを読んでいると見ていい。言動がところどころ幼いからだ。
「ヒッチハイクとはね。あたしも若い頃は無茶をしたけど、そこまでは吹っ切れなかった」
助手席の彼女は答えない。あたしは優しい女じゃあないけれど、さりとて非情な女でもない。彼女が東京から福岡まで行きたいというのなら、長崎行きのあたしはそのお手伝いをしてやれる。
拾ったのは午後10時。何やらワケありの雰囲気だった。親や教師に頼れるような雰囲気はしていない……逃がし屋なんてのもいるらしいが、あたしはそんな大したもんじゃない。というより下手したら誘拐沙汰だ。
「……あ」
愛知県に入ったあたりで、彼女は小さく声を漏らした。
「おばあちゃんち、豊橋……」
「行きたいの?」
彼女はいいえ、とかぶりを振る。
「仕事なんでしょう、これ」
「ははは。確かにそうだ」
ヘラヘラ笑っていると、助手席から睨みを飛ばされる。
大阪で車を停める。彼女は滋賀に入ったあたりから眠っていた……あたしも車外に出て、軽く柔軟してから仮眠をとることにした。このペースで行けばなんとか間に合うだろう。彼女を降ろす手間を考えたとしても、だ。
「何があったのかねぇ」
彼女の寝顔を横目に、それでもあたしは詮索しないことを決めた。
「起きた?」
朝日が眩しかったか、広島あたりで彼女がもぞもぞと動き始めた。
「……おはようございます」
「はい、おはよう」
なんだか昔入ってた学生寮の寮母さんみたいな口調になってしまった。悔いても仕方はないが。
「着いたら、どうするの?」
「……遠い親戚がいるから、連絡します、それから……」
言葉に詰まる。どうすればいいのか、わかっていないようだった。
「クレジットカード、持ってる?」
「え?」
「19歳なんでしょ、1枚くらい――」
「……持ってないです」
19歳っていうのは嘘です。彼女は付け加えた。知ってるよ、心の中で返す。
やれやれ。もうしばらく長い付き合いになりそうだ。
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