腐れ縁

 ツバメが低く飛んでいる次の日は雨だと、幼い頃に教えてくれたのは祖母だったか祖父だったか……兎に角、《すず》には雨が降るかもという旨を伝えて、わたしは家を発った。

 鈴菜とルームシェアをはじめて数ヶ月。内定は彼女のほうが早かったのだが、半月ほど前になんとクビになった。昨今の情勢を鑑みても、そこまで率直にクビを言い渡すケースなんてほとんどないと思うのだが、現に鈴菜は朝っぱらからテレビゲームに興じている。キャミソールと下着だけ着けて、メイクもしないでコントローラーを握っているのだ。

「……そろそろ職見つけなよ」

「わかってる!」

 まるで口うるさい母親に対する子どもの態度。私はかぶりを振った…二人で暮らし始めた頃は、もう少し頼り甲斐があるように見えたのに。



 案の定、職務中に雨が降ってきた。忙しくて連絡を入れられなかったが、鈴菜を信じるより他にはない。といって、あまり期待はしていない……この時間帯なら寝ているか、ゲームに夢中で雨になど気づかないか、どちらかだ。元よりダメージになるようなものは干していない。洗い直す手間もそこまでは……。


 ……ままならない。

 家事とか生活費とか、そういうのの負担を半減させるために共同生活を始めた筈なのに、今となってはほぼ私が担う羽目になっている。正直うんざりだ。

 そんなことばかり考えていたからか、仕事では致命的なミスをやらかした。最悪だ。さりとて、何もかも鈴菜のせいだ、と断言できるほどの思い切りは、私にはない。

(……なんで)

 帰る頃には雨は止んでいた。持ってきていた傘が完全に荷物になって、それがまた私を苛立たせる。地下鉄に揺られながら、淀みきった溜め息を吐いた。



「ただいま」

「――おかえり」

 やや間があって、元気のない鈴菜の声が返ってきた。風呂場の隣に備え付けられた洗濯機がやかましく動いている。私はすべてを察した。

「……あの」

「謝んなくていいよ」

 私が悪いんだから。スーツを脱ぎ捨て、私はパジャマと替えの下着を持って風呂場に直行した。


「……ごめん」

 風呂場の扉越しに、鈴菜の謝罪の声が聞こえる。お風呂は沸いていた。

「…………」

 湯舟の中で、ぼこぼこと泡を出す。洗濯物の回収は間に合わなかったが、洗い直すという考えには至った。私が雨に濡れる可能性を考慮してか、お風呂は沸かしてくれていた……。

 馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいが、こういうところをいくより他にないのかもしれない。

 いいよ、と聞こえないくらいの声で、私は言った。

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