山守る娘

 冬期の山越えは雪がきつい。よって夏場にやるのかというと、その場合は日射病の危険が伴うので、春・秋で行うしかない。

 ふもとの村に住むターニャはこの辺りに暮らして長く、山の歩き方を熟知しているから、山を越えるキャラバンの案内役になったりもしている。

 まれに事情を知らないキャラバンが秋の終わりにやって来て、とにかく山を越えたいんだ! と憤慨する。何も知らない素人に冬山の恐ろしさを力説したところで意味はない。どうにか宥めすかして、ニコニコ笑顔を崩さずに応対する。大抵の場合、山で採れた豊富な食材を用いた料理でもてなせば、無理な山越えはしなくてもいいかな……という意志を引き出すことができる。

 それでもやはり、人間というやつは愚かで厄介なところがある。一筋縄ではいかない。どうしても越えようと、夜半に宿を抜け出す者もいる。そういうときターニャは、自身の切断したの指を見せる。幼いとき、冬の山に迷い込んで遭難。意識が混濁する中、凍傷で使い物にならなくなった左手の中指と薬指だ。ターニャが見つかってすぐ医者に見せたが首を振られた。せっかくだからと切り取った後、薬品に漬け込んである。私はもう結婚指輪も填めてもらえない……という笑うに笑えないジョークを添えると、たいていのキャラバンはおとなしくなる。


 多くの場合、キャラバンはターニャの村で数ヶ月滞在して春を待つか、それとも諦めて踵を返すかする。よほどのことがない限りは、その頃にもなれば皆、かいがいしく世話を焼いてくれたターニャや村民のことを好きになっている。そして、またよろしく! 今度は別のキャラバンにも宣伝しておくよ! という言葉を残していくのである……案内自体は無料で請け負うが、宿の滞在費は取るので、季節外れのキャラバンは「良いお客様」であったりもする。





 花が咲く頃、ターニャはキャラバンや旅人の一団を率いて山を登り始める。往復で1週間ほどの行程、山向こうの村とも情報を共有する必要がある。

「ねね、ターニャちゃん」

 たまに声をかけられては、商談を持ちかけられる。

「今度の商売、成功したら2割をターニャちゃんの村にあげたいんだ」

 ターニャは微笑み、いいですよ、と頷いた。

「……その代わり、って言っちゃあなんだけど、来年もよろしくね?」

 うちの男連中がターニャちゃんにホの字でさ。キャラバンの女性は呆れたように、でも明るい顔つきで笑った。ターニャもつられて笑う。


 春風が山の草花を揺らして、吹き抜けていった。

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