ミルキーウェイは500km

 退勤後。解放感が浮き足立たせる。携帯電話を取りだして、大阪にいる恋人に電話をかけた。お手本のような遠距離恋愛とでもいうべきだろうか。もしもし、という声が聞こえて、私はほっと安心する。

「仕事、やっと一段落ついた。今週は会えるよ」

 向こうで大学に通う美香みかと話していると、しぜんと顔が綻ぶのを感じる。

『やった!』

「いつがいい? 今週中ならどこでも……急に仕事入ったらアレだけど」

『……それなんだけどさ』

 美香は急に声を潜めた。何か急用でも入ったというのか? もしや別れ話!? 跳ねる心臓を抑えつつ、続きを促してみる。

『急でごめん亜利沙ありさ! 明日、会えない!?』

「あ……明日!?」

 陸路か空路か、ということが真っ先に脳裏を過った。今からチケットの手配は難しい。来いということならなんとかせねば……そこまで考えたところで、別に来いとは言われていないことに気づく。

『うん、そう! 私がそっち行くからさ』

 もう新幹線のチケットも取ってあるの。美香は言う。だったら、東京こっちに不慣れな彼女のために、待ち合わせ場所を指定するのが私の仕事だ。


「地図は送っとくから」

『うん、じゃあ明日の10時ね!』

 美香は嬉しそうに弾んだ声のまま、電話を切った。恋人というより友だちの延長線上のような距離感。それが心地良くて、なんだかむず痒くて。私はこの関係を気に入っている。





 今日――つまり待ち合わせ当日が七夕たなばたに当たるのだということは、駅でこちらを見つけて駆け寄ってくる美香を見たときに気づいた。

「もしかして合わせたの? 七夕と」

「ふふ……ロマンチックでしょ」

 美香は笑う。新幹線があれば超えられる距離の天の川だが、それでも何百キロだ。私はこの距離感をやや疎ましく思うほうだが、会うときに理由がつくなら、遠距離ってのも悪くはないかもしれない。

「どこ行こっか」

 久々に美香の肉声を聞いた気がする。ふたりは腕を絡ませながら、駅のタイルを踏みしめて歩いていく。

「大変だったよ、独り身と勘違いされて飲みに誘われたりしてさ」

「えっ? 断ったよね!?」

「もちろん、丁重に」

 やっぱり美香はかわいい。そしてちょっぴり危なっかしい。本当はこの笑顔を独り占めできたらいいのだが、可愛すぎて今の仕事に差し支えそうだ。そうなったら本当に七夕伝説である…もちろん、いずれは一緒に住むつもりではあるけれど。

「さて! 七夕にオススメのデートスポット、教えてくれる?」

「七夕限定ってなると、ちょっと難易度が上がるけど……探せばいいよね、ふたりで」

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