快眠業者 ⅩⅩⅨ
「……現実じゃん!」
靴はなくなっていたので、脚を床に……水につける。冷たい。幻覚などではなく、今この地下室は水に満たされていた。
(……どうすればいいんだろ、これ)
これすらも……例えば加奈が記憶を操作されたときみたいに、この感覚すらも、水に濡れた脚も、水を
快眠請負人は言っていた。初めての事例だと。ここまでリアルな幻覚を見せることなど本当にできるのだろうか? 真偽がどうであれ、加奈の手は水に濡れていて、天井の照明の光は水面に反射している。少なくとも加奈の脳内ではそうなっている。
(自分の感覚を信じることができないってのは、なかなか来るものがあるな……)
生まれてこの方、随分と自分という存在に甘えて、頼って生きてたのだと思い知らされる。加奈はその過程で、一瞬でも他者にそれを依託してしまった。その代償だとは思わないが……それでも、この問題は自分で解決すべきだったのかも知れない、と思い始めている。たかが不眠、されど不眠、それでも、このオカルトじみた方法に身を預けようと思ったのは何故だったか。
(…………いけない)
いつぞやの、洋館に押し入って、快眠請負人に記憶を操作されたときと似ている。それはとてもまずい。そんなことが二度と起きてはならない。
加奈は歩き始めた。水の中を掻き分けるようにして。階段に足をかける。ここはまだ濡れていない。
快眠請負人は、加奈が階段を昇り始めても、昇り終えてもなお、姿を現さなかった。
1階。さっきまで見ていたのとよく似ている……ところどころ照明が暗くなっているので判りづらいが、概ね同じ構成になっている。その筈。一度見た程度では全てを覚えられるなんてあり得ないのだが、加奈はとりあえずそう思うことにした。
「……快眠さん?」
呼びかけるにしてはやや小さめの声。加奈は何時間寝ていたか解らない、今が早朝であるという可能性を考慮してのことだ……まぁ、その必要はなさそうだが。
窓には全てカーテンが掛かっている。そこを少し捲ると、加奈の視界は青く染まった。
(お昼過ぎくらいかな)
あまり時間は経っていないのか、それとも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます