友よ
夜行バスがサービスエリアに滑り込み、停車する。
深夜移動は骨が折れる。バスともなればなおさらだ。狭い空間に、それも他人と一緒に押し込められて長時間そのまま、というのは、柚衣にとって耐え難い苦痛である。飛行機や電車も同様。乗るなら船か、さもなくばパーティションで区切られた座席つきの列車がいい。
それでも深夜バスを選ぶのは、単に値段が安いからである。
「……」
周りを見渡す。起きている人間などいない。事情はどうあれ、皆長旅で疲れている。車外に出たいところだが、自分ひとりのエゴで運転手や他の客に迷惑をかけるのは気が引ける。
(だから嫌なんだよ、夜行はさ……)
寝返りも打てない、スマホを見ることもできない。身体自由の束縛とはかくも辛いものであったか。
窓の外を見ても、闇が流れるばかりである。柚衣はどうすることもできず、目を閉じた。
明け方……というより午前6時は、最早朝であろう。いつの間にか眠れていたらしい。ただし、代償に全身が割れるように痛かった。
(寝返り打てなかったんじゃ、仕方ないか)
隣席に座っていた人はもういなかった。柚衣はちょっとだけ気軽になって、腕をんん、と伸ばした。
バス停で降りると、友人が車で迎えに来てくれていた。
「おつかれ、柚衣」
乗り込むなり柚衣が手渡されたのは、350ミリリットル缶のビールであった。
「いやいや…起き抜けに呑めってか」
「景気づけだよぉ」
「何のよ」
友人はさぁね? と笑う。心地のいい助手席で、柚衣もつられて頬を緩めた。
遠方の友人に会うためとはいえ、深夜バスにぐちぐちと文句を言っていたのは、もう忘れることにした。
「で? わざわざこんな遠距離呼び出して何の用? 電話口じゃ教えてくれなかったよね、すぐ来いっていうから来たけど」
「結局呑むんだ」
「もったいないでしょ。いいから質問に答えて」
友人はハンドルを回しながら、ちょっと言葉に詰まった様子だった。
「……モカちゃんっていたじゃん」
「……高校の同級生の?」
「途中で転校しちゃったけどね。その子今、こっちで暮らしてるんだけどさ」
昏睡状態だって。友人は、重々しく言い放った。
「……」
モカは柚衣と大の仲良しだった。前から体調が優れず、よく弱気になっては柚衣に会いたい、と漏らしていたらしい。
「……このまま行ける?」
「いいけど、疲れてないの?」
「そんな話聞いちゃったら、行くしかないよ」
まったく。
こんなことなら、新幹線で来るべきだった。
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