夏牡丹

 真夏の雪。

「また降ってる」

 いや、今は真夏には当たらないか……初夏だ、どちらかといえば。

「昨年、そんな映画流行ったよね。アニメのやつ」

 ほたるは興味なさげにコーヒーフラッペを啜りながら、下着姿で部屋を行き来する。見慣れてるからいいようなものの、こっちは少し落ち着かない。

「あたしそれ観てないし」

「えー。面白かったのに」

 蛍はスプーンから口を離して、ぼやいた。

 どちらにせよ、真夏の雪は明らかに異常事態だ。なのに、あたしたちはそれを日常の一部として受け入れ、毎日を過ごしている。

「どうなの今日も。寒そう?」

「雪降ってんだから、そりゃまあ」

 雪の種類には詳しくないが、おそらくぼたん雪……というやつだろう。ゆうに3センチはありそうな雪珠ゆきだまが、ハイペースで窓の外を白く染めていく。部屋の中は暖房がついているから蛍もふざけた恰好ができるが、おそらく外は氷点下だ。これから外出することを思うと憂鬱になる。

「なんだろー、地球温暖化ってウソだったのかな」

「さぁ……いずれにせよ」

 あたしは窓の結露をすーっと指で拭き取った。この時期にそんな仕草をすることになるなんて、思ってもみなかった。

「今まで通りの夏にはならなそうだね」


 傘は70センチもある、異様に大きくて色種カラバリも少ない、地味なオッサン向けのやつだった。ただ、小柄なあたしと蛍が身を寄せ合うにはもってこいの大きさだ。

「人、少ないねぇ」

「まぁこれから海行こうってシーズンに雪じゃあ、ね」

 時期的には雨のほうが正解な気がするが、実際には降っているのは雪なので仕方ない。灰色の絨毯じゅうたんを敷き詰めたような空から、冗談みたいな密度で白い塊が降ってくる。道を行く車も少なく、偶に見かけても、そのどれもがチェーンを履いていた。

 ――誰しもが、この光景を夏先のそれとは思うまい。


「――っぷし」

 横断歩道の信号待ちをしていると、不意に蛍が肩を震わせた。暑がりだと言っていたが、流石にこの寒さは堪えたらしい。

「どした、風邪?」

「うう……いや平気、寒かっただけ」

 言いつつ、蛍はあたしの肩に身を寄せた。

「帰りにさ。ブティック寄っていいかな、あったかいのが欲しい」

 小売業界はどこもてんやわんやだ。コンビニはおでんを、家電量販店はヒーターやストーブを引っ張り出し、そして衣類を扱うお店は、セーターマフラーコートにウォーマー、あらゆる冬物を目玉商品と銘打っている。

「いいよ、お揃いの買う?」

 蛍は頷き、微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る