夏が来たりて

 夏がやって来た。


 駅前の中華料理屋は『冷やし中華はじめました』とのたまい、駄菓子屋の軒先には古めかしいかき氷器が置かれ、路地裏ではおばあさんが水撒きに勤しみ、市民プールと、合わせて開放されている学校のプールとに人だかりができる。そんな季節だ。私はとりあえず夏という季節が大嫌いだったが、それでもどうにか、毎年やり過ごしていた。

(……しかし)

 よくもまぁ、こんなに毎年毎年飽きもせずに暑くなれるものだ。某熱血タレントでも参考にしたのだろうかというくらい、太陽光が照りつける。

 四季というのが悪いらしいが、あいにく私は春・秋・冬は大好きだ。

 つまり夏さえなければと思っている。


「正気か」

「私はいつだって正気マジだ」

 喫茶店で薬品の味がするコーラを啜りながら、私は友人に相談を持ちかける。

「夏を滅ぼそう。そして、世界から四季という概念を消し……さんただそう。あるべき姿に……」

「マジ声で言うのやめようよ。元演劇部のあんたが言うとシャレに聞こえないよ」

「……実際問題、夏滅ぼすとしたらどこに相談に行くべきなんだろう」

「気象庁とかかな……」

 暑さで頭がやられたのだろう、私はうわごとみたいに口走る。涼を求めて入った喫茶店も、用が済めば出て行くしかないのだ。あの炎天下に戻っていくしかないのである。

「ブラウン管の向こうなら、夏も風情があるんだけど」

「あんたホントに平成生まれか?」

「平成生まれでもブラウン管くらいは知ってるでしょ」

 アイスクリームを追加注文する。喫茶店は意外に冷房が控えめで、本格的に涼みたいならこういう氷菓を注文するのがセオリーだ。あまり冷えた店だと、そういった系統を注文しづらい、というのがあるらしい。私は気にせず、気温18度でもかき氷を貪る女である。生来の暑がりなのだ。


「……食べ終わっちゃった」

「お会計しなきゃだ」

「いやだ……」

「なんでそんな地の底から這ってきたみたいな声が出せるの」

 炎天下に戻るくらいなら、いっそ私はここに住む。

 ここに……?

「……私、良いこと思いついたかも!」

「一介の小市民が夏を滅ぼす方法を?」










「いらっしゃいませーー! ってなんだ。あんたか」

「まさかここで働くとはね。でもいいじゃん、似合ってるよ、そのエプロン」

「ふふ……仕事デキるふうに見える?」

「見えなくはないけど、冷房の設定温度下げ過ぎちゃダメだよ」

「人をなんだと」

「アイスの売り上げ落ちるんでしょそれすると」

「だからしないっての!!」

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