カケラ

 24コに散らばった世界の破片カケラを集めると、新たな「てのひら世界」が出来上がる。

 どこかで聞いたことのある設定だ。そういう、隔週で発売されて、巻ごとに部品がついてくる雑誌というか、本のシリーズが売ってあった筈……そんなことを思い出す。

 彼女は嘘を言っている風ではなかった。魔女めいたとんがり帽子に西洋風のローブという、1990年代のJRPGからそのまま飛び出してきたような出で立ちには閉口したが、人当たりは良く、心優しい女性であった。

 彼女の名はミル。コーヒー挽き器ミルから名を取っている。あくまで自称、かつ「この世界での『仮の名』」であり、彼女の世界を「救った」あとにはまた別の……名を名乗らなければならないという。

「それすらも最近は、忘れかけちゃってるんだけどね」

 透き通るような、月並みな表現で言えば、この世界の人間の声とも思えないような――実際そうなのだが――音が、ミルの口から零れ出る。聴いているだけで虜になるほど、繊細で美しい声だった。


 わたしとミルは旅をしていた。

 それは世界の果てを目指すような、過酷なものではなかった。世界の破片は、人の多く住む場所に集まるのだという。昔であればいざ知らず、旅券パスポートさえあればどこへでも行ける時代だ。ミルのパスポートを用意するのにだけは手間取ったが……それらを乗り越えれば、あとは2人、気の赴くまま、この世界を旅した。破片をひとつひとつ、丁寧に集めながら。

 行った国の数は覚えていない。どこに行ったかも。がむしゃらに働き続けて、わたしにはそれなりの蓄えがあった。しかし、孤独であった……使い道のないお金ほど、存在もない。ミルはそんなわたしの前に現れた。最初は信じていなかった、異世界よりの来訪者という肩書き。でも集めるべき破片を探す彼女の目つきは真剣そのもので。

 わたしは、気づけば彼女の手を取っていた。行こう。魔女みたいな出で立ちの少女は、わたしとかけがえのない友情を築いた。


「――たぶん」

 とあるホテルに滞在しているとき、ミルは唐突に声を震わせて言った。

「次の破片が、最後なの」

「……」

 すぐには返事をできなかった。

「怖いんだ。わたし、前の世界のこと、ほとんど忘れかけてる」

 ミルはわたしの手を取った。

「……それで、向こうに帰ったら、帰ってしばらく経ったら……こんな風に、あなたのことも……っ」

 それ以降の言葉を聞く前に、ミルの涙を見るより先に、わたしは彼女を抱きしめていた。

「わたしは、忘れないから」

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