快眠業者 ⅩⅩⅦ

 快眠請負人は手近な本棚に歩み寄った。

「ですが……無論、容易なことではありません。すべあまねく眠りにおける悩みを取り除くことで、社会を変える……などと」

 快眠請負人が手にとったのは、厚さ10センチはあろうかというハードカバーの学術書だった。思わずよろけそうになる彼女を、加奈かなは支えた。

「ありがとう。ですがこのくらいならなんということは……よっと」

 サイドテーブルに本を置く。金に縁取られた文字はアルファベットに見えるが、綴りが加奈にはてんで理解できない……ラテン語の類だろう。

「この本も……値段は高かったのですが、どうにか確保し、読破しました。それはもう何度も……得られたものは多かったのですが、私の望むそれとは違いました」

 そう言って快眠請負人は次の本を手に取る。古本市で他のものと束にされて売られていそうな、インチキくさい夢占いの本だ。文庫本サイズで、厚みもほとんどない。それが、先ほどの学術書の上にぽんと置かれる。

「こういった本であっても……少しでも手がかりになりそうなものがあれば、即座に飛びついて研究します。徒労に終わることがほとんどです。私は独学で力を編み出したので、そのせいもあるかと思いますが……」

 快眠請負人は、こっちです、と加奈を手招いた。部屋を出るようだ。


 1階に降りる。いつの間にか、あちらこちらの燭台に火が……いや、よく見ると電気式の、炎によく似せたプラスチックの蝋燭だった。誰が? 一瞬抱いた疑問は、目の前を横切ったメイド服によって解決される。

 ……されたか?

「……彼女は」

 背は高かったが、一応女性だろうと見当をつけて訊いた。

「うちのメイドです。私一人では、この屋敷の管理までは手が回りませんから」

「その……あの人も催眠、されてるんですか」

「ええ」

 こともなげに。

 罪悪感はないのだろうか。いや、ない風には見えない。きっと快眠請負人なりの葛藤がある……でなければ、おそらく彼女はしまう筈だから。

「……軽いものです。業務中に何か見つけても疑問に思ったりしないようにと」

 使用人自体は元から募集していたのだという。そのうちの一人らしい。

「こちらです」

 快眠請負人は歩みを進める。


 戸棚だった。やはり年季の入っていそうな設えで、飾り棚に仕掛けがあった。床の仕掛けと連動していて、地下室の扉が開いた。

 石造りの階段は長く、ひんやりとして不気味だった。薄暗く、何度も足を踏み外しそうになりながら……どうにか最下段に降り立つことができた。

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