雨音は鼓動に似て

「………雨、止みませんね」

「だねー」

 雨。バス停。憧れの先輩とふたりきり。

 合同試合からの帰り道、突然降られた。ので最寄りのバス停に飛び込んだら、先客がいた。それが同じバレー部の冨士田ふじたのぞみ先輩だった。

 先輩は肩に学校指定のスポーツバックを掛け、上はバレーボールウェア、下はジャージというややアンバランスな格好で立っていた。次のバスまで30分。スマホの充電は切れかけている。つまり、高嶺の花の先輩相手に、どうにか間を持たせなければいけない。

 部活中なら普通に接することはできる。指示に応えたり、一緒にネットを張ったり、備品を整理したり。そういうときにふたりきりになることはあった。あったのだが、ここまで長い時間……というのは初体験だ。

 当の先輩はスマホに興じている。若干離れているので、画面の中身までは見えない。覗き見なんて失礼だとは思うが……たとえば彼氏とかだったらヤだな……とかは思ったりする。別に、付き合いたいだとか恋をしているだとか、そういうのではない。その筈なんだけど、なんだかモヤモヤする……思春期か。せめて今この時間だけは、私に集中していてほしかった。


 雨がバス停の屋根を叩く。どうせバレまいと思い、先輩を横から凝視する。綺麗だ。スタイルが整っていて、手足もしなやか。舌のジャージを感じさせない。いかにもスポーツ万能といった雰囲気。実際、部ではエースだ。

 芸術品を目の当たりにしたような感嘆が零れる。壺や彫刻に入れ込む人の心境って、こんな感じなんだろうか……。

「あ」

 完全に油断していた。ので、こちらを向いた先輩と目が合ってしまった。

 茶色がかった瞳が、まっすぐこちらを射貫く。

「……」

 顔が赤くなる。薄暗いので先輩がそれに気づいたか否かは定かでない。

茉里まりちゃん」

 ひゃい、と間の抜けた返事を返す。私を見てくれないかな、などと思っていたわりに、いざ見られたらこんなものだ。

「寒くない?」

「……え」





 先輩のバレーボールウェアを着ている。私が。先輩の匂い、温もり、ちょっと大きめのサイズ感。そのすべてが、私を覆い、包んでいる。

「わたし暑がりだからさ」

 そういう問題ではない気がする。そもそも私に寒暖を気にする余裕はなかった。でも、濡れ鼠みたいになっていた私を気遣ってくれたのは嬉しかった。

「あ……ひょっとして恥ずかしかったりする?」

「い、いえ! そんなことは…」

「じゃ」

 突然、先輩は私に身を寄せた。

「その」

「こうしてよっか」




 ああ、バス。まだ、来ないで――。

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