南国リゾートテイル

 エメラルド色の海が眼前に広がっている。


「別荘だなんて言うから、海外にでも建てたのかと思ったら」

「あはは……でも沖縄ってのもオツなもんでしょ」

「少なくとも私は嫌いじゃない」

 友人所有の別荘。窓を出入口にしたテラスはウッドデッキになっていて、10メートルと離れていない場所はもう海岸線だ。寄せては返す波を拝みつつ、まだ陽も高いのにウイスキーをロックで飲み干す。忙しい現代社会において、限りない贅沢だと言わざるを得ない。

 なにせ、喧噪と呼ばれる類のものがほとんどない。波は穏やかで海鳥の声はむしろ心地いい。米軍基地ははるかに遠く、名所がないので観光客は来ない。気温が高いことを除けば、まったくもって快適そのもの。別荘地として売り出すには至高のロケーションだ。

「あ、一応言っとくけど、お酒飲んだら海入るのは無理だかんね。こっち来たときビーチの管理者に口酸っぱく止められたから」

「わかってるっての……ところでおりもどう?」

 グラスを紫織に突き出す。からん、と氷が溶けて、紫織の顔がグラスの向こうに屈折して歪む。

「んー……私は夜でいいや、車運転しなきゃいけないし。そうだあおい、何か買ってくるものある?」

「えっ……いやいいよ私は。お世話になってる身でそんなとても」

「はは、でもなんもないよ? 今日の晩ご飯」

「それもそうか……じゃ、アレで。骨付きスペアリブ」

「急に厚かましくなったな?」

「あと缶ビールも! お金は返すからさ」

「はいはーい。ビールは私も飲むからいいよ」


 結局その晩はふたりで吐く寸前まで酒を呑んで、翌日は二日酔いで昼まで寝てて、オキナワ・メイン・イベントである海水浴は3日目の朝までお預けとなった。

 私と紫織は水着に着替え、初夏の太陽降り注ぐちゅら海へと飛び込んだ。きゃあきゃあと叫びながら水をかけ合ったり、ゴムボートで沖合まで漕ぎだしてみたり、水中でジェスチャー当てっこなんかしたり。学生もかくやというくらいの大はしゃぎで、優雅さは欠片もなかったけど楽しかった。

「いやいや……はしゃぐと楽しいけど」

「うん、疲れるね……でも、明日もやりたくない? これ」

「なんならずっとやってたい」

「それな!」

 水を吸って重たくなった身体を浜辺に横たえながら、私たちは笑い合った。本当に、本当に楽しい。うつつを忘れて夢心地、とはまさにこのことだ。

「じゃ、明日はバーベキューってことで。網あったと思うから、出してくるわ」

「マジか。用意いいじゃん」

「買い出しは葵ね」

「えっ……」

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