誘い下手
「それでさ…その『コスモ1169』ってのがすっごくって……」
久々に中学時代の友人が連絡してきたからどうしたのかと思っていたら、なんのことはない、ただの宗教勧誘だ。
昼下がり、喫茶店のオリジナルブレンドを飲みながら友人……元友人の話を聞く。只今よりお前のランクは友人未満に格下げである。貴重な土曜日をこんな形で潰されるとは思わなかった。彼女は私と同じ学び舎にいた頃はネクラ系だったのに、今は人が変わったように明るい。肌の色艶も良くて化粧も綺麗。なるほどいい広告塔だなと思う。
「
「ん〜……私はいいかな……とくに不満とかないしさ」
曖昧な笑顔を浮かべながら、はよ終われ、と心中で祈る。
「もったいないよ……そんなに綺麗なのに。あのね、いい? あたしが、このあたしがこんなに変われたんだよ? 椿姫も絶対セミナー受けるべき!」
1回! 1回でいいから! と性欲旺盛なクズ男みたいなことを言って、彼女は私に食い下がってくる。そんなにおいしい話がないことはわかっている……そもそも私が就職浪人2年目だという話をさっきしたのに、聞いていなかったのだろうか? いくつもの会社の面接を受けて、駄目で、落ち込んで……それでも私の弱みにすらつけ込めていない時点で、あんた勧誘の才能ないんだよ……という言葉をグッと呑み込む。
「いいお話だけど、今回は遠慮させてもらおうかな。機会があれば、ね」
ひと通り聞き終わったあと、すっかり冷めたコーヒーを飲んで、私は言う。
「ホント⁉ 絶対だよ? 次いつ会おうか? 奢るね!」
彼女は声がでかい。大声でまくし立てるものだから、例のコスモなんちゃらも店内に筒抜けだろう。会話内容もおそらく……自分でコスモ某はヤバい宗教ですと、喧伝して回っているようなものだ。
「じゃ、2ヶ月後の日曜日、ここでね!」
「うん、わかった」
もちろん私が2ヶ月後にここに来ることはない。
彼女は不気味なまでに笑顔を絶やさないまま、自転車に跨ってどこかへ行ってしまった。私はふぅ、と息を吐く。
いつか自分が騙されていると気づいて、その笑顔が曇る日が来るのだろうか。あるいは“信者”としてそこそこのポジションに就いて、コスモなんちゃらに欠かせない存在となるのだろうか。どちらにせよ明るい未来は待っていなさそうだ。
(助けてあげるべきだったかなぁ)
……いや、やめよう。益体のないことを考えるのは……どのみちもう関係がない。
陽はとっぷりと沈んでいた。
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