夏の彼女を追いかけて

 私の記憶の中にいる彼女は、白いワンピースと小麦色に灼けた肌、そして弾けんばかりの笑顔が印象的な、絵に描いたような美少女だった。


 彼女が私の前から姿を消したのは、確か小学校の6年か…そのあたりだったと記憶しているが、定かではない。昔のことだ。忘れようと努めたことはあったが、長い間心に居座り続けている。憧憬のような、思慕のような、すこしの羨望と、余りあるほどの親愛を湛えた感情が、私から彼女に……記憶の中の彼女に注がれていた。

 幸いというべきか、彼女との交換日記が手元にあったので、それで心を慰めるという試みを行った。私は彼女に会いたかったのだ。中学の3年間を経て、高校に上がって、漸くそれに気づけた。しかしそうするにはあまりにも時間が経ちすぎていて、私は記憶の中なればこその彼女だと、美化された彼女だからこそ私は好きでいられるのだと自覚した。

 彼女の面影を追うことを、おそらくはそこでめた。たまに記憶の底に眠る彼女を「呼び起こして」、それを愛でるようにしていた。



 白いワンピースということは、それは夏の光景であった筈だ。

 大学を卒業した私は、再び記憶の源流を遡っていた。幼い頃……というか、小学校卒業まで住んでいたのは長野県。彼女が転校していったのはその年の夏頃だから……まさに夏を背負って消えたことになるわけか。列車に揺られながら考える。今なら詩の一つでも思い浮かびそうだ。

 この辺りだったよね? タクシーを降りる。私の思い出は、木漏れ日差し込むどこかの山道に固定されている……そこはもしかしたら、山道ですらないただの運動公園だったのかもしれない。仮にそうだったとして、彼女との記憶に何らかの瑕疵が生じるわけではないので、私は気にしていない。

 偶像。近い言葉で喩えるなら、そうだ。私は彼女という偶像を崇拝している。ここに来たのは彼女に会うためではない……記憶をより鮮明にし、強固にし、私の心に刻みつけるためだ。

 見当はついているが、場所がわからない。丈夫なブーツに履き替えて、沢まで下りていく。流れるせせらぎの音が耳心地よかった。


 ふと、空を見上げる。夏らしく、入道雲が山向こうを覆っていた。鮮明な白が、記憶の中の彼女の像と一致する。

 蝉の声。風の音。水の音、木々の擦れる音……足りないのは彼女だけ? 否、彼女はおそらく。私の心は、この光景の中に、彼女を生み出すことを、創り出すすべを、きっと……知っている。

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