快眠業者 ⅩⅩⅥ
「貴女といえど、道程を知られるわけにはいきませんでした。検索すればすぐにわかりますが、念のため。ご無礼をお許しください」
快眠請負人は頭を下げる。
「いっいえ! その……こちらこそご無理を」
「今更ですか?」
「……」
返す言葉もない。
「この先です。行きましょう」
着いた先は古い洋館だった。あのときを想起させるような、しかしあの館とは違って、きちんと現役で手入れのされている建物だ。
「ここですか?」
快眠請負人ははい、と答え、鉄の城門を開こうとしたが……重そうだったので
「ありがとうございます」
門から中へと踏み込む。館全体から、静謐な雰囲気が漂っていた。
玄関扉を開く。玄関ホールの先に左右に分かれてカーブする階段があり、1階の奥にいくつかの通路、2階の向こう側にも廊下らしいものが見える。総じてアンティーク風の調度で揃えられ…俗っぽい言い方で表現するなら、センスが良かった。内部は照明が少なく薄暗いが、掃除はしっかりと行き届いていた。
「こちらへ」
靴を脱いだ快眠請負人が、階段の上から加奈を手招きする。加奈はそれに従った。
「研究室に案内します。といっても……それほど豪勢なものではありませんが」
「研究……睡眠についてですか?」
「それもありますが、どちらかというと催眠について、ですかね」
階段を昇り終わって、廊下を突き当たりまで行く。ドアノブを回し、中に入る……あのときの光景が一瞬、加奈の脳裏に甦った。
あのとき、快眠請負人は蛇を行使していた。これまでのことから考えれば、あれも幻覚の一種だろう。快眠請負人は心に入り込む。催眠……実態は思考の支配、塗り替え、または置き換え。重ね重ね恐ろしい能力だ。故に、加奈は彼女の善性を信じて、快眠請負人がその道を違わぬようにしなければならない。
部屋の中は圧巻の一言だった。壁という壁が満杯の本棚で埋め尽くされ、部屋の中央に実験台と思しきテーブルがある。秤や顕微鏡といった類の器具が載っていた。
こういった部屋があといくつもあるのだろうか。最早催眠の研究だけでは収まりそうにない。寝食を忘れてはいないか? そもそも、この屋敷は快眠請負人ひとりで管理を? 加奈の疑問は矢継ぎ早に浮かんで、消える。
「――私はここで」
快眠請負人は口を開いた。
「研究をしています。睡眠の
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