林の中

 古びたSUVが、山の林間、道路ともいえないような荒れた所を走っている。ハンドルを握る男の顔は引きっていた。時折、何かから逃れるようにルームミラー越しに後ろを見、時計に目を落とし、汗ばんだ手でハンドルを握り直す。男は明らかに焦燥していた。

 クルマが跳ねる度、心臓が縮む思いをする。スピードは出したくないが、急いでここから離れたい。矛盾を孕みながら運転していた男に、ついに恐れるべき事態が起こった。


 道の上。クルマの行く先に女が立っていた。男は恐怖した。しかし迷わず、アクセルを踏み込んだ。このまま撥ね飛ばせば良い――しかし男は気づいていない。女が、ソードオフにした散弾銃ショットガンを持っているということに。

 スピードを落とさず突っ込んでくるSUVに、女は発砲した。運転手ではなくタイヤを狙う。スラッグ弾だ。タイヤは面白いように破裂バーストし、SUVは2回転しながら脇の林に突っ込んだ。女は悠々とショットガンの排莢を行うと、腹を上に向けて無様に転がるSUVのほうへと近づいていった。

 事故後のクルマには近づくな、とよく言われるが、それはクルマが思いの外精密機械だからだ。どこの部品が壊れて、どこで火花が散って、そしてガソリンに引火するか……外部からではわかったものではない。女はその点に細心の注意を払いながら、SUVのドアをこじ開けた。

 車内は割れたガラスが散乱し、男の顔は血まみれだった。男は苦痛に呻いていたが、女には関係ない。ゆうに80キロはあるだろう男の身体をいとも容易く引きずり出し、クルマから離れた場所まで連れてくる。男は足を折っているらしく、女に引きずられている間、終始苦悶の声をあげていた。


「さて」

 女はショットガンをくるりと回転させると、男の傷口目掛けてショットガンのグリップを振り下ろした。

「――!」

 男が獣のような悲鳴をあげる。

「お前は逃げる前にやることがあった筈だ。報いるべきだった……恩に」

 滔々と語る女の顔はおぞましいほどに美しく、瞬きの度に睫毛が揺れた。しかし、血が目に入って意識まで朦朧としている男には、一切の関係がなかった。

 女はギャングの親分の情婦であり、また一番の懐刀だった。逃げていたこの男は、別段組織を裏切ったというわけではない。ただ、上層部うえにとってなっただけだ。しかし女は親分一筋であるため、拷問に全くの容赦がなかった。


 男の祈りは通じなかった。両腕両足の骨をほとんど折られ、呼吸の度に激痛が走るような状態で、林間に放置された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る