宿
売春宿だが、実際に男性客が娼婦を買えることはまずないらしい。手を出そうとしたら奥から怖いお兄さんたちが出てくるとか……いわゆる
暖簾を潜ると、ブルーの照明とサイケな民族音楽が私のことを出迎える。大抵の人間はここで蹴躓くものだ……私は立ち止まらない。
一応、嬢ということになっている女たちは、思い思いの姿で好きなことをやっていた。雑誌を読んだり惰眠を貪ったり、煙管を吹かしたり、嬢同士で抱き合ったり……。私は彼女たちを掻き分けるようにして、店の奥へ進んだ。
奥まった場所に、他では見たこともない形の奇妙な香炉で香を焚いている小部屋がある。そこにも女の子が……選りすぐりの女の子が数人、惚けて蕩けた顔をして、居た。何やら嗅がされていたようだが、あいにく確認する手段はない。確認すれば最後、私もここに転がされるハメになる。
「あら」
部屋の奥にデスクがあって、そこに中年の女が鎮座していた。ここのボスだ。
「来たのね」
「来ちゃ悪い? 顧客リストから私の名前は消えてないんでしょ」
「……ボディチェック」
彼女の命令一下で、辺りにいた女たちがすっくと起き上がり、私の身体を無遠慮に触っていく。
「……よし」
異常がないとわかったのか、ボスの女は眼鏡のブリッジを押し上げ、女の子たちを下がらせた。
「満足?」
「最近は女装して潜入する輩までいやがるもんでね。厳正にしてるのよ」
ここは――ただの売春宿とは少し違う。男性向けのサービスもあるにはあるが、骨子は女性向け。つまり、女性のための娼婦を揃えた場所である。もちろん性的なサービスも、何一つ遠慮することなく行われている。風営法的には、美人局と相まって結構まずいかも知れない。ただ、表向きそういう看板を掲げていないことで、どうにかその手のガサ入れを免れているフシはある。
「それで? 何の用かな、買いに来たようには見えない」
「……買ったのは一回だけでしょ。今回は別件だよ」
ファイルを投げる。ボスはそれを拾って、目で文を追う。
全て読み終えたところで、彼女は大きな溜め息を吐いた。
「こいつが? 国のお達しだと?」
「そ」
法改定の魔の手は、下町のオアシスにまで迫っていた。
「どうしろと。荷物まとめて出てけっての?」
「そうなるね」
ボスは再び息を漏らす。
「引っ越しなんていつぶりかな」
「さあね。でも目つけられないうちにやっちゃってよ」
私もまた来たいし。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、私は踵を返した。
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