街角

 西の空、太陽が真っ赤に燃えている。

 日の終わりと寂寞。しかし、一日の責務から開放されて、人々は満たされたような顔つきで家路を目指す。夕暮れに伸びる影が闇に溶けてしまうより先に帰りたくて、私は少しだけ早足になった。

 角を曲がると、風景ががらりと表情を変える。自然を残したニュータウン、という詭弁みたいなテーマがこの地区の再開発のスローガンらしいが、結果としてそれは、今のところ風景と住宅街の調和という意味ではうまくいっている。怪我の功名とでもいうべきか。晴れた日ともなると、橙のコントラストが本当に美しいのだった。


「ただいまー」

 アパートのドアを開け放つ。お帰り、という声が、キッチン台の方から聞こえてくる。

「会社の先輩にサツマイモ貰ったよ。大学芋にしない?」

「お! アリかも」

 美都子みつこはこちらを振り返って笑顔を浮かべた。私と年齢はそう変わらない筈だが、彼女の方が遥かに大人びている。互いに気心の知れた相手とルームシェアをする、というのは我ながら悪くない選択だと思うが、時折彼女のまぶしさを直に受けることがあるのは、欠点といえなくもなかった。

が必要だね。明日、スーパーで蜂蜜見てくるよ」

「えっいいよ。私仕事帰りに見てくるし」

「――それじゃ仕込みが間に合わないでしょ」

 それもそうだな。私はサツマイモの入ったビニール袋を美都子に手渡し、外套を脱ぎ捨てて洗面所へ向かった。ちゃんとハンガーに掛けなよ! という声が追いかけてくる。



 私が働き。美都子が主婦業をする。まるで夫婦みたい、口にしかけたことはあるが、やっぱりちょっと恥ずかしいので噤んでいる。お互いにそう考えているならいいんだけど。

 ……なにいってるんだ私は。

 ぶんぶんと首を振り、私はスーパーでお総菜を物色する。たれを仕込んでいて野菜を用意するヒマがなかったからと、美都子は仕事帰りの私にカット野菜か調理済みの副菜を買ってくるように言いつけた。カット野菜と総菜、どちらがコスパ的に優れているか検討していたが、この時間帯のを加味すれば、圧倒的に後者に軍配が上がる。私はカゴの中にごぼうと蓮根の煮付けを放り込んだ。


 すっかり日は落ちたが、市の意向でイルミネーションが灯っていたりする。季節外れだと当初は思ったものだが、防犯の意味合いもあって、一人の帰路にはありがたい。

「ただいまー!」

「お帰り! 野菜、買えた?」

「安かったからこっちにしたよ、はいこれ、ごぼうと蓮根の――……」

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