快眠業者 ⅩⅩⅤ

 フリーズドライの味噌汁を啜る。廃屋で。

「……意外といける」

「でしょう?」

 他愛のない会話を交わす。彼女の顔つきはごく穏やかだ。とても自分を追って、あんなことをしでかした女性と同一人物だとは思えない。

 快眠請負人は、自分なりの解釈でもってなが加奈かなを理解しようとしていた。常識人だとは到底いえないが、しかしそれでも、人並みの正義感や優しさといったものを持ち合わせていた。

 その彼女を一度は振り落とそうとして失敗した。予想以上にしつこかった。いくら拒んで振り解いても、立ち上がって食らいついてきた。その気迫は認めざるを得ない。だから同行を許した。だが、その先は? 一応ここまで逃げては来たが、ここからのプランはぼんやりとしか存在していない。確か南の方に一軒、確保しておいたアジトがある筈だが、とりあえずそこまでは向かうしかあるまい。


 質素な朝食を終えて立ち上がる。東京で世話になった情報屋や仲間のことを考えると少し胸が痛むが……今は、目の前のことに集中しよう。加奈には何をもってしても勝てないと気づいてしまったし、こうなれば後は巻き込むより他にはない。それは普通の道ではないけれど……長瀬加奈がそれを望むというのであれば、快眠請負人は。たとえそれが、闇の中の行軍に等しかったとしても。









 紙の器をどこに捨てよう? 近くのゴミ箱は足がつく恐れがあるかしら……などと考えて、結局容器ごと潰してコンビニの袋に入れる。

 持ってきたのは貴重品と手荷物だけだ。着替えも大掛かりなメイク道具もここにはない。先に立った快眠請負人の後を追うようにして、加奈も歩き始める。

「…どこへ向かうんですか?」

「さぁ?」

「さぁ? って……」

 それきり二人は無言のまま、しばらく距離を歩いた。


 どこかの駅前に着いた。ロータリーには数台のタクシーが停まっている。快眠請負人はそれには乗らず、空いている市バスのひとつに乗った。加奈も慌ててそれに乗り込む。

 整理券を取って、席に腰掛けると、すぐに睡魔が加奈を襲った。どうにかねむるまいと瞼を開くが、抗えない。

(――や、ば……はじめて……乗る……の…に…………)

 そこで、ようやく快眠請負人の仕業だと気づいたが……どうにもならなかった。



「起きてください」

 かなりの時間、眠っていたか。太陽は高く昇り、加奈は快眠請負人に支えられるような格好で、どこかのバス停に立っていた。

「……ここは?」

「私の隠れ家の近くです」

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