「猫の額」

「鰻の寝床?」

「それは……細いところを形容するやつだよ」

 荒れ放題になった実家の庭に踏み入れながら、みなみは答える。

「ま、どちらも似たようなもんかも知れないけど」

 手元の鎌を弄びながら、彼女はこちらを振り返った。

「じゃ、やっていこっか」

「おっけ」

 彼女は3つ離れた私の姉だった。



 数年前に両親が離婚し、母だけがこの家に暮らしていた。私は高校卒業と同時に親元を離れたが、南は近くにアパートを借りて時々、様子を見に来ていたらしい。

 母は認知症だった。離婚したあたりを機に、年々症状が悪くなっていった。本人はなんてことないと主張していたが、昨年末に一度、保険金詐欺に引っかかりかけたことがあった。それで、主治医と相談の上、特別養護老人ホームに入ってもらうことになった。本人もしぶしぶ了承し、今春から市内にある施設のサービスを受けることになった。

 すると今まで母が暮らしていた家は? 少なくとも南には家があるし、私もここに戻ってくる気はない……売るにせよ取り壊すにせよ、少なくとも体裁は整えておきたい。そこで姉妹わたしたちの意見は一致した。


 母は元々身体が強いほうではなく、ともすればゴミ屋敷寸前になったこともある。家の手入れは放置されがちだった。そんなことも手伝って老人ホーム行きが決定したのだが、家主がいなくなった家を見ていると、やはりどうにも寂寥が首をもたげる。

「雑草は刈ったよ。あとは家の中かな。そっちは?」

 手ぬぐいで汗を拭き取りながら、南がこちらを振り返る。

「んー……大体いいかな、特に異常ないし」

 南が庭を綺麗にしている傍ら、私は家の外壁や屋根などを見て回った。古い家だし、相応のひび割れや傷、汚れはあるが、そのまま売りに出しても問題はなさそうだ。

 元より、そんなに大きな家でもない。狭い集落に無理矢理建てられたような物件だ。それでも、私たち姉妹を20年近く育て上げてくれたという実績はある。

「……売ったほうがいいのかな」

「うん……取り壊すにしても、お母さんの確認は取らなきゃだけど」

 ふたり並んで、久しぶりに玄関を潜る。ただいま、と呟いてみて、そんなつもりはなかったのに、少しだけこみ上げるものを感じる。


「どうするの、飛鳥あすかはさ」

「どう……って?」

「結婚したりとか」

「……そういうの、考えたことないなぁ」

「そっか。私は……しようと思ってる。母さんが元気なうちに」

「ええ!?」

 なんにせよ、郷愁をくすぐられる余裕があるのは今だけだ、なんてことなのかも知れない。



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