旅に出よう
ピックアップトラックの荷台に
「ねぇ」
荷台から声がかかる。ハンドルを握る私は、煙草を口から離して応える。
「なに?」
「どこまで行くの?」
「んー……」
それは特に考えていなかった。比奈子に故郷…日本の土を踏ませてやりたかったが、あいにく私にはパスポートを偽造するだけの技術や伝手といったものはない。
比奈子は孤児だった。正確には、物心ついた時点で名前とほんの少しの故郷の記憶以外のすべてを忘れていたといったほうがいいのかもしれない、とにかく施設にはいたようだが振る舞いは野性的で、寮長に逆らって外で寝ていたなんて逸話もあるほどだ。今年で16になるらしいが、それを証明する戸籍らしいものもろくにない。大体、日本人というのも本人の自称であり。
まぁいい。面倒くさいことを考えるのはやめだ。私だって似たような境遇である。15で両親の元を出奔し、ギャングまがいのことをして生きてきた。ただ運良く弾が当たらず、それと後輩の面倒見が良かったので、半端に脚を洗えたにすぎない。よくあちこちから生意気なガキを引き取っては教育し、ご世間様にそぐうような人材にして還元してきた。どいつもこいつもクソガキばっかりだったが、比奈子は少し違った……なんというか、面白いやつだった。逆らうでもなく従うでもなく、ただひたすらに自由で。
そういうところが気に入った。間もなく、私は比奈子を連れ回すようになった。彼女のほうも私を気に入ってくれたらしい。一緒にいる時間が長くなった。「比奈子」……アメリカに漢字文化はないが、私はこれだけは書ける。自分が好きなやつの、名前を、書ける……それは嬉しいことだった。
「わたし、タコスが食べたいな」
比奈子は言う。自由が風を孕んで、大きくはためいたような調子だった。
「じゃあ、南だな」
国道に合流しながら、私は言う。
「南には美味しいものがいっぱいある」
「ほんと!?」
タコス以外にも? ああそうさ、タコス以外にもな。
「やったぁっ」
バンザイ……というらしい、喜んだときのポーズを、比奈子の故郷では……している姿が目に浮かぶようだった。
「……でも」
私は西を見た。空は夕陽に燃やされている。
「先に寝るとこ探すぞ。モーテルでもどこでもな」
「了解!」
テンション高いなぁ、おまえ。
そういうところを気に入って旅に出たのだと、今さら思ったりする。
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