快眠業者 ⅩⅩⅣ
快眠請負人は夢を見る。
どこか、暗く、深い澱みの底にいる夢を。足掻いて、抜け出そうとするほどに身体は空回り。結果的に、脱力して身を任せるしかなくなって。
それで、朝になって目が覚める。快眠請負人自身は、夢のメカニズムだとか脳や眼の、あるいは心の動きだとか、そういうものへの知識は乏しい。前に「快眠業者」の看板を掲げていた頃、一度だけ客に悪夢についての相談をされたことがあったが、力にはなれなかった。
(夢か)
夢をも自在にコントロールできるというのなら、ここまで泥沼に嵌まってはいなかったのだろうか。
最初はふとした切っ掛けからだった。不眠に悩む祖母を助けたかった。東西の医術書を読み耽り、魔導書にも手を……いつの間にか、快眠請負人の力は、無闇に振るうことの許されないところまでいってしまった。この身体、この声……能力の代償。足枷に感じたことはない。人の意識に介在するのだ、これでも軽いくらいだろう。
誰とどんな契約を交わし、誰をどこで寝かしつけてきたか、既に忘れた。できる限り沢山の人を助けた。あまり目立ちすぎるのもよくないと感じたから、なるべく少ない動きに留めた。
ただ、歯がゆいことも多かった。睡眠は人間に必要不可欠なものだから、扱いには神経を磨り減らした。
だからこそ、不特定多数に力をひけらかすような真似をやめて、社会のはみ出し者……ビザを悪用して国内に滞在する外交人労働者とか、脱法ドラッグで壊れた人間を集めてボランティアまがいのことを始めた。結局うまくはいかなかったが……。
ただの執着じゃないな、と分かった。快眠請負人の力が目当てというわけでもない、とも。そして、彼女は愚直なまでに前しか見えないが、しかし進むためなら手段を選ばないのだということも。
(……自惚れるつもりは毛頭ないが)
つまり、快眠請負人本人に興味を…ひょっとすると好意を、加奈は向けた。目立たないようにやってきたこと、それに、人の心に入り込むなんてことをしている自分に惚れ込む人間なんていやしないと決め込んでいたが……しかし、状況は何よりも雄弁に物語っている。
朝日が眩しい。そろそろ起きなければならない。眠い目を擦り、彼女は身を起こした。
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