大怪獣

「――はいっ、というわけで私は今、伝説の『大怪獣マルゴン』を追ってI県の丸山まるやま湖に来ていま~す!」

さち、うるさい」

 ハンディカメラを回しながら上機嫌に喋る後輩を窘めつつ、私はボートのオールを漕いだ。霧に閉ざされた湖は、遥か遠くにダムを構える以外は人の気配もない、不気味に広いところだった。


 ネス湖のそれと同じような「大怪獣」の噂がこの丸山湖に立ったのは、遡ること45年も前のことである。代々ここの管理を任されていた私の母型の家系は商魂逞しく、割と長らく「マルゴン」グッズを販売し続けてきたようだが、バブル崩壊と共にその姿を消した。

 最近になって再注目され始めた背景には、どうもUMAブームの再燃があるようだ。何を思ってこんな辺鄙な湖に。

「しょうがないじゃん、なんかテーマまとめて部誌作れって言うんだからさ」

 幸乃は口を尖らせる。

 幸乃は高校時代の後輩で、家業を継いだ私と違って県外に進学した。一緒にいた時間が長かったので、敬意とかいう類のものはない。

「だからって、今どきUMAはないでしょ? 私もここ住んで長いけど、一回も見たことないし」

由亜ゆあちゃんは夢がないなぁ」

「るっさい」

 私は早く終わらせたい一心で、湖の中央までボートを進めていった。



「うーむ……?」

「どう? 何かあった?」

「……よく見えない……潜れたりは」

「しないよ。釣りはできるけど」

「できるの!?」

 やる気か?

「マルゴンが見つからなかった以上はさ、何かしらの成果を持って帰りたいじゃない?」

 正論…といえなくもない。でもうちではギアの貸し出しはしていない。

「えー……残念」

「そもそもそんな都合良く――」

 瞬間、絹を裂くような悲鳴がこだました。

「何!?」

 見ると、幸乃が悲嘆に暮れた表情で湖面を見つめていた。

「……ビデオカメラ、落っことしちゃった……」

「あぁ……」

 さすがに気の毒になる。

「……どうしよう」

 兎に角、桟橋まで戻るしかない。そもそもここいらでボートを引っ張り出すこと自体がレアケースなのだ。私もたまにしか乗らないので、できれば転覆する前に戻りたかった。



「おお、丁度良かった。実はこいつが見つかってな、ちょっと見てほしいんだ」

 事務所に着くと、管理人の伯父さんが私たちに話しかけてきた。手にはなんと――。

「それ、ビデオカメラ……!」

「おお、出てくとき持ってたみたいだからビックリしてさ。そこの岸辺に打ち上がってたんだよ!」

「ええええ!!?」

「ほらっ、UMAいるんだよ! マルゴン!!」

「……これは……」



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