快眠業者 Ex

(またこの夢か)

 西沢にしざわともの目覚めは最悪だった。


 ひたすら、階段を降りていく夢。どこかのビルの外階段だろう、よくある鉄骨階段。そこを、まるで何かに追われるように降りていく。夢占いのウェブサイトには有力な情報はなかった。

 子どもの頃からずっとこの夢を見ている。そしてこの夢を見た日は、たいていろくなことが起こらない。友人が事故に遭った日も、父がリストラされた日も、付き合っていた彼女にフラれた日も、朋美は必ずこの夢を見ていた。勿論そうでない日もあったが、その印象が強すぎて、朋美のなかではすっかり「悪夢」の位置付けになった。



「……なるほど」

 朋美が相談を持ちかけたのは、「快眠業者」と呼ばれる……どうカテゴライズすればいいのかわからなかったが、とにかく依頼者の「快眠」を保障してくれるらしい会社だった。建物の中にいたのは、年端もいかない少女……に見える、もっと異質な何かだった。見た目は少女だが、口調が、服装が、第一声音が、一般的な少女のそれとは全く異なる。蛙の化物みたいな、喉を潰された老人のような……とにかく、明らかに普通でないわかる声だった。

「階段を降りる夢」

 快眠業者は朋美の悩みを復唱した。

「はい。嫌なことが起こる前触れっていうか……とにかく、その夢を見て起きた日は、何か良くないことが起きてしまうんです。夢って……レム睡眠ですよね? それが関係しているのかと思って」

「……レム睡眠かノンレム睡眠かは、実のところ関係は浅いとか……私は専門ではありませんゆえ。詳しい話はご容赦ください…ただ、寝る時間を調節する…という意味では、私にもいくらかお手伝いできるかと」

「……お願いします!」

 階段の夢と入眠時間に相関はない…と思うが、朋美は藁にも縋る思いだった。

「ではまず、この用紙にお名前を。それと――」





 階段の夢は、未だ、偶に見る。悪いことが起こるジンクスも継続中だ。快眠業者が奮闘したところで畑違いだったらしい。それなりのお金を払ったので、朋美は少しがっかりしたが、それでも快眠業者の力は本物だった。こちらが指定した時間に眠ることができたのだ。心なしか眠りも深かったような気がする。

 悪夢とは関係なく、なかなか便利だったので、また頼もうかとしていたが、仕事が忙しく、なかなか再び快眠業者のもとを訪れることができなかった。

 そして。

(――あれ)

 快眠業者の「入っていた」ビルのフロアは、いつの間にかテナント募集中になっていた。

 狐にでもつままれたような気分だ。

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