ジャンキー

「どうだった?」

「どうもクソもあるか。掛け値なしのゴミ映画だった」

 レディースデーといえど、一人頭1000円を支払って観る映画は決して安くはない。わたしと美香みかは微妙な気持ちになりながら、目抜き通りの劇場を後にした。というより、美香は明確にブチ切れていた。


 1週間前まではこんなに暑くなかった筈の道路が、今は只管に照り返しが鬱陶しかった。季節が進むにつれて不快指数も上がっていく。夏は映画の季節! なんて勝手にわたしは思っているが、美香はそうではないかもしれない……わたしは映画を観ないと――たとえそれが掛け値なしのゴミ映画であっても、だ――死ぬ病気なので映画を観に出かけるが、いちいちそれに付き合わされる美香は確かに辛いだろう。名作に当たることもあれば、今回みたいに駄作ハズレを引くケースもある。それでも律儀に連れ立ってくれるのは、わたしへの好意の表れだと思うことにしているが、こんなことを続けていてはそれも長くは保つまい。

「…お腹空いたね。どこか入ろうか」

「……だね」

 ぶっきらぼうに返される。入ったのはチェーンのファミリーレストランだった。空気の読める店員なのか、室内はエアコンが稼働していた。


「……さっきの映画の話だけど」

「……う」

 頼んだタンドリーチキンとハンバーグステーキを二人で分け合いながら、少しでも美香の機嫌が直ればいいな、と考えていたわたしは甘いのだと思い知らされる。彼女の声音は「不機嫌」そのものだった。

「……気を、悪くしたなら、ごめんね? わたし、レビューサイトとか観ないし……」

「別に。千春ちはるに怒ってるんじゃないよ。私だって映画のネタバレは踏まない派だし、そうしたら映画なんて観るまで内容わかんないし」

 じゃあなんで、と口を開きかけたわたしを美香は遮る。

「…………言いたくないし、何回も通過した議論だけどさ……ポスターで地雷だってわからない?」

「……」

 美香の好意に甘えていた、というのは概ね事実だ。わたしはクソ映画でも楽しめるし、星二つ以上の評価をつけてしまう映画シネマジャンキーだ。たとえば流行りのアイドル崩れと大手事務所のゴリ押し女優が見つめ合っている、みたいなポスターの人気マンガの実写化でも、楽しめてしまうという性質がある。

 美香はそうじゃないんだ。クオリティが低ければ憤る。

「……なるべく」

「……」

「審美眼、鍛えるから」

 そういう問題ではないような気もしたが、美香は、ん、と頷いてハンバーグの欠片を飲み込んだ。

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