路地裏狼

 灯りの消えた街角で、公衆電話のボックスに人の影があった。

 みずすみは今どき珍しいダイヤル式を回しながら、受話器を肩と耳の間に挟み込んだ。右手にはメモ用紙。クライアントの番号が書いてあった。

「もしもし?」

 佳純は電話口で何事かを喋っていたが、やがてはぁー……と長い息を吐いて受話器を置いた。どうやら、疎通がうまくいかなかったらしい。佳純は電話ボックスをでて、メモ用紙をポケットに突っ込みながら通りを歩いていった。


 とある事件の犯人を追っている。が、うまくいかない。足跡が掴めない。逃げ足が異様に速く、煙のように姿を眩ませる。そもそも存在しているのかどうかすら疑わしい。これでもし、人格の分裂した自分が犯人……なんてことになったら、安っぽい三流小説みたいで興は乗るのだが。

(……ないか)

 佳純は嘆息する。そんなに簡単に物事が進むのなら、探偵稼業はあがったりだ。

 事務所に戻って、風呂も浴びずにソファに突っ伏した。寝息を立てるまでにさほどの時間はいらなかった。




 翌朝、佳純はドアがうるさく叩かれる音で目を覚ました。寝る前に、一応引っ掴んでかけた毛布をはねのけて、重い身体を引きずりながらドアの横に立つ。

「どちら様でしょう?」

中森なかもり宅配サービスです。野水探偵事務所様宛に、小包が届いております」

 ドア越しの声。

「そうですか、ありがとう」

 佳純はドア横に常備してある鉄パイプを手に取った。荷物類はすべて、別宅に配達される仕組みになっている。ここに来るとしたら、十中八九、敵だ。

 鍵を開ける。敵が1歩、侵入した瞬間に鉄パイプを振り下ろした。ぐしゃりと潰した感覚があって、そいつはくずおれた。



 侵入者が次に目を覚ましたのは、パイプ椅子の上だった。手足は縛られている。自分の持っていた拳銃を向けてくる女がいる……それこそ、男の追う野水佳純だった。

「答えて」

 ベルギー製の小口径を向けながら、佳純は淀みない尋問を行った。男は答えない。佳純はすぐに引き金を引いた。男のトレンチコートに小さな孔が空く……たったそれだけだが、至近距離では.22口径も恐ろしい。男は苦痛に顔を歪めた。

「……遠山とおやま会の……」

 名を聞いた瞬間、佳純はやはり、と思った。暴対法の施行にもめげず、人攫いや麻薬密売に精を出している連中だったからだ。

は?」

 無回答。

 発砲。悲鳴。地下の防音室は、外部に音が漏れない。佳純はサディスティックに笑った。

 の過程は、今が一番の楽しみどきだ。

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