これが掟の

 昼食をかっこんでいると、校内放送がこともあろうに私の名前を呼び出した。

「――失礼します」

 職員室の扉を開く。瞬間、私はひっ、と息を飲んだ。

 私の従姉妹いとこが立っていた。ただし、格好はヴィクトリアンメイド。古式ゆかしい姿で彼女は、私の担任の机の傍に立っていた。

「……なんで?」

「えぇと……かね。キミの従姉妹……なんだよな? 念のため訊くけど」

 ハイ、と頷く。メイド姿の従姉妹は硬い表情で突っ立ていた。彼女は私の3つ上、真面目で実直、品行方正な人柄。冗談こそ言うが、決してこんなとんちきな格好で私の学校に来るような人じゃない。

「行きましょう、ひかり

 従姉妹は私の名を呼ぶと、真っ白い手袋に包まれた右手を差し出した。否応なしにそれを掴む。それで、掴んだあとにハッとする。

「……その前に、早退届だけ書かせて」



 私はバイクの後ろに乗せられた。

「何があったの!」

 風を受けながら質問する。

「詳細は省く。端的に言うと、掟を果たすべき時が来たの」

「掟ぇ?」

 バイクが信号待ちで停まる。

「正直私もまだ混乱してる。現実味がないっていうか……でもやらなきゃいけないんだ、って言ってた」

 再びバイクは走り出した。彼女はそれ以上何も言わなかった。


 家に到着する。といっても私の家ではなく、従姉妹一家の住まいだ。だだっぴろい日本家屋で、その庭に金子家の人間が集結していた。私の両親の姿もあった。特異なことといえば、女性陣が軒並み、メイド服を着用していたことか。

 庭は掘り返されていた。そして、どうやらそこから出土したらしい桐の箱。


 後に聞いたところによれば、それは欧米からの渡来物で、何代も前のご先祖様が埋めたものであった。中には書状と、30着余りのメイド服が入っていたという。

「この箱を掘り起こすとき、金子家の女子、同封の衣服を着用すべし」

 書状にはそんな風に書かれていた。他にも、先祖の恩義に報いるため、発見し次第渡欧するように……といった記述もあった。

「要するに、だ」

 祖父は顎髭を撫でながら言った。

「金子家は昔、とある方の大変稀な厚意を受け、断絶を免れた。その恩返しをすべき時が今である…ということだ」

 何が何やらわからない。

 それはともかく私もメイド服を着せられた。コルセットは窮屈だったが、シルエットが上品でたいへんかわいらしい。

 金子家の女たちは、このメイド服がなぜかよく似合っていた。


 過去に何があったのかはわからないが、何か…とてつもなく大きな何かが動き始めていることを、私は悟った。

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