快眠業者 ⅩⅫ
「何をされてるんですか?」
一度問うたが、「静かに」のジェスチャーを返されるだけで、秘密を明かしてはくれなかった。
そして。
いつものように――他人の目をとりわけ気にしながら――買い物から帰ってくると、部屋の中で住人たちが折り重なるようにして倒れていた。思わず悲鳴をあげる。
室内には紫色の怪しげな光と、それに妙な甘い匂いの煙とが充満していた。危機を感じた加奈は、思わず部屋の外に飛び出した……そこで、いつもの白装束ではない……強いて言えば、女子小学生が休日に着るような服装の快眠請負人と出くわした。
「…快眠さんっ、中で……人が……!」
「知っています。私がやった」
快眠請負人は落ち着き払った口調で言った。格好とは正反対の……もう聞き慣れたが、やはり地の底から響くような、低く嗄れた声だった。
「加奈さん。今から出られますか?」
「えっ?」
「最低限の荷物……財布や携帯電話、保険証などを持ってきてください。それと、もしご両親などが心配されるようでしたら、連絡を」
「……はい」
両親への連絡はとくに必要ない。加奈は自立している……否、ある意味自立できなかったからこの状況に陥ったという可能性は高いけれど。ともかく、加奈は快眠請負人に言われた通り手荷物を揃えて、すぐに発つことができた。部屋の中にいた人たちのことが気にならないではなかったが、快眠請負人の鬼気迫る表情の前には何も言い出せなかった。
日本人の睡眠の質。
「やっぱり、年々悪くなっているんでしょうか?」
「はい。概ねその認識で問題ないと思ってください。無論、それが絶対的な傾向であるとは言えませんが」
「じゃあ快眠さんは、それを解決するために?」
「はい……ただ、予想より上手くはいきませんでした。この国は人が多すぎる……人口のことではなく、睡眠欲求を満たせていない人が、です」
快眠請負人は言葉を切り、窓の外を見つめた。加奈もつられてそちらに目をやる。車はちょうど橋の上で、燃えるような夕焼けが水平線の向こうに沈もうとしていた。
「……しばらく元の暮らしには戻れないと思います」
「かまいません」
加奈は即答した。そのために
快眠請負人は加奈の返事を聞いて、僅かな微笑を口端に浮かべた。
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