迷い猫、啼いて
数日来降り続いた雨は明日こそ上がると、気象予報士たちはこぞって宣言した。雨滴のリズムは嫌いじゃないが、いつまでも屋内で洗濯物を干すわけにもいかないだろう。私は窓の外を眺めながら、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「…明日、出て行きなよ」
「……」
「児相じゃないからね、うちは…」
答えはない。
数日前、
食事と寝床を用意した。髪が無造作に伸びていたので、美容室に連れて行った。肌荒れはひどく、何かの食品アレルギーがあってはいけないからと、医者にも診てもらった。とりあえず私のできる範囲で、かつ主観で、この子が享受すべきだったと思うものを与えてあげた。
「…どうして」
「?」
ふとフォークを動かす手を止めて、彼女は口を開いた。
「どうして、やさしくしてくれるの?」
自信もなく、こちらを窺うような怯えた口調で、少女は言う。見た目よりずっと幼く、舌っ足らずな喋り方で。ずっと中学生くらいだと思っていたが、ひょっとしてセーラー服はその辺にあった適当な布でしかなかったのかもしれない。
「……なんでかな」
私は家出をして、バイトの掛け持ちで生活している。それを苦とは思わないが、まぁ、息が詰まるような気分に襲われることはある。そんな中で少女を拾うのは、よほどのお人好しか
「趣味なんだ」
「そんな趣味があるの?」
「……ないとは言い切れないね。例えば……」
すっ、と顔を覗き込む。少女が一瞬、びくりと震える。胸を刺す痛みは良心の悲鳴か。
「綺麗」
「……わたしが?」
きょとんとして、彼女は言う。栗色の髪、鳶色の大きな
(雨が上がるまでだよ。それ以上は……)
(わかってる)
数日前の記憶が甦ってくる。結局子離れは無理だった。
少女の視線は哀しく、熱い。都会の片隅で、ここで下せる決断は一つだ。
「次の雨まで、いていいよ、やっぱり」
濡れた声が、ありがとう、と小さく発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます