雨の聖堂

 街の中央広場に建設された大聖堂は工事に巨費を投じただけあって、大きくかつ豪華で中は広く造りも堅牢。信者の集会のみならず、一般市民や宗派を違える人々にも愛されているという、公民館を思わせる施設だった。


 その日も雨が降っていた。

 街の子どもたちは、雨の日の聖堂には人攫いの魔女が住んでいる! と噂し、大人たちのほうも、盗賊団が一晩を過ごしていたという事件もあってか、雨の日には近づかない、という不文律ができていたのだ。

 つまりということ。シエナは従姉妹いとこのお下がりの修道服を羽織り、聖堂の扉を開いた。外は篠突く雨だ。水はけの悪い素材を被っていては、背からキノコでも生えそうな鬱屈とした気分に襲われる。

「遅かったな」

 聖堂の奥から女の声が響いた。低く、高圧的な口調だ。

「呼び出したのはそっちだぜ? おかげでこちとらこんな日に、びしょ濡れんなりながらこんなとこまで……」

 ローブを脱ぎ捨てる。中からは、質素ながら丈夫な素材の軽装に身を包んだシエナが現れた。男のように短髪で、口調も乱暴だが、見た目で女とわかる。

「無駄話はいい。用件はわかってるのか」

 女も姿を現した。軽甲冑で、腰に騎士剣を提げている。

聖堂そのものについてさ。だろう? こいつが建てられたのは7年前だけど、工事に関していろいろ黒い噂が出て……おっと、その辺りのことはあんたのほうが詳しいんだったかな?」

「――貴様、何を…!」

「おっと」

 シエナはいつの間にかクロスボウを手にしていた。小型だ。服の下に隠していたらしい。

「市長ってのはあたしの父でな。最近、聖堂建設に絡んだ賄賂のカドでしょっ引かれた。ま、申し開きをするどころか娘のあたしにさえ何も言おうとしないがね」

 女騎士……ヴァリクは剣に手をかけた。地方政府から傭われた彼女は、まさにシエナの言う7年前の聖堂建設に関して、調査を進めている最中だった。

 シエナが市長と親しいとは聞いていたが、よもや親子とは。手間が省けたが……クロスボウは依然こちらを睨んでいる。ヴァリクは内心で舌打ちをした。

「弓を下ろしてわたしに協力するつもりはないか。父上の無実を晴らすためにも」

「断る」

 やはりか。ヴァリクは剣を抜いた。このシエナという女、言行が読めない。

「娘とはいえ我が家もここの建設に恩恵は受けてね。嗅ぎ回られるのは困るんだよ」

「……暗に認める、と言っているように聞こえるが」

「どうだろうな?」

 雨は勢いを増していた。

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