快眠業者 ⅩⅩ
「今はここに身を寄せています」
電車を乗り継いで数駅、都内のなんの変哲もないマンションの5階で、快眠請負人はシェアハウスをしているのだという。
「どうぞ」
中に入ると、嗅いだこともない臭いが拡がっていた。
「……なんなんですか、これ?」
「
「なっ…」
こともなげに言い放つ。さすがに
居間には紫の蛍光色の電灯が灯り、かつますます濃くなった臭いの煙で充満していた。目と鼻が潰れそうだ。
シェアハウスという通り、居間には複数人の人間がいて、闖入者である加奈を好奇と怪訝な顔で見た。
「――」
快眠請負人が彼らに向かって話す。日本語ではなかった。中国語でもないようだし……加奈が困惑を隠せずにいると、快眠請負人はベトナム語です、と耳打ちしてきた。
「加奈さんの滞在許可は取りました。どうぞこちらへ」
居間の奥には暖簾で仕切られた空間があった。快眠請負人に促され、加奈はその奥に入る。
調度品が極めて少ない部屋だった。必要最低限の物しかない。こんな所で暮らしていたのかと思うと、想像しただけで気が滅入ってしまう。
「時折居間のほうから奇声が聞こえてくるかもしれませんが気にしないでください。あと、ベトナム人だけではなく、日本人や韓国人、中国人、ラオスや北米からも『お客様』が来ることがあるので、ご注意を。くれぐれもトラブルだけは避けていただきたいので」
「わかりました……」
と言いつつも、思っていたのと環境が違いすぎて内心びっくりしている。快眠請負人はこんな所で一体何をしていたのだろう?
「あの……」
「謝罪ですか?」
「……」
まずはそうするのが筋だろう。薄々わかっていた。けれど、心のどこかで快眠請負人が自分を放って、見捨てて逃げたのだ、という被害者意識のようなものが残っていたことは確かだ。
「………ごめんなさい」
言いつけを守らなくて。貴女の人権に障るようなことをしてしまって。深々と頭を下げる。
「……悪気はなかった…筈なんです。今となっては自信がないですけど、でも、意図的に快眠さんを傷つけようとか、そういうのでは決して」
「わかっていますよ。顔をお上げなさい」
加奈はゆっくりと、言われたとおりに顔を持ち上げた。快眠請負人の優しい顔がそこにあった。
そうしてまた、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。
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