走り抜ける

 何の変哲もない2トンのアルミバン……つまりトラックが、国道沿いのビル街に停車していたとて、それを特別に気にかけるものはいないだろう。

 若林わかばやし寿々花すずかは運転台に陣取ってどこかに電話をかけていた。

「……はぁ」

 様子から察するに、誰かと交渉を行っていたようだが芳しい結果には終わらなかったようだ。ドアが些か乱暴に開け放たれ、中から寿々花が降りてくる。

「どうだった?」

 中村なかむらことが声をかける。その問いに寿々花は首を振った。

「だーめよ。決裂。取り付く島もない」

 お手上げ、のポーズ。肩を竦ませる。つられて琴実も大きな溜め息を吐いた。

「じゃ、プランBってこと?」

「そーなるね。準備はできてるだろうけど、大丈夫?」

「へーきへーき。こういう局面の経験がなかったわけでもなし」

 琴実は笑って親指を突き立てた。


 琴実はレーシングスーツに身を包んでいた。オールニット素材。フォーミュラ・カー・レースでも使われるやつだ。そこにヘルメットを被れば、出で立ちはレーシングドライバーと変わりない。

「本当に大丈夫? 気をつけてね!」

「大丈夫だってば。任せてよ」

 寿々花の元上司は、彼女を嵌めるために偽の証拠をでっち上げた。寿々花のライバル会社に情報を売ろうとした、なんて話を創作して。それが寿々花のオフィスに届く前に、どうにかする必要がある。

 適役だったのが、寿々花の一回り歳下の友人・琴実だった。ジュニアカートで優秀な成績を残していた琴実は、ほかの車の操縦にも長けていた。


 寿々花はリモコンを操作して、トラックの荷台のゲートを下ろしていく。中には、小型のスポーツカー……今日日あまり見ないタイプの、座席とフレームが剥き出しの、クラシックでシンプルなFRPボディの改造車が積み込まれていた。キット・カーだ。最高出力は130馬力程度、ただし車重は550キログラムをも下回り、下手なスポーツカーでは絶対に太刀打ちできない性能を秘めていた。

 それを車道まで引き下ろす。ドライバーは琴実。寿々花がインカムで指示を出す。

「調子は? エンジンの」

「バッチリ。これならガソリン尽きない限りはイケるね」

 エンジン音が轟く。同時、目の前の道路を、白いライトバンが猛スピードで駆け抜けていった。

「あれだ。琴実、。イケる?」

「もっ……ちろん!」

 一言、のち一閃。ブラックマークを残し、スポーツカーが駆ける。


 犯人のライトバンが止まり、偽の証拠を回収したという連絡が寿々花のインカムに入るまで、あまり時間はかからなかった。

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