ハー・ロード

 ロードバイクのハンドルにもたれ掛かるようにして、スポーツドリンクをちびちびやる。本当は浴びるように飲みたいところだが、持ち合わせはあまりにも少なかった。

 完全に判断をミスった。そもそも往復260キロの長丁場、途中でコンビニくらいあるだろうとタカを括っていた私の負けだ。何と勝負しているのかはともかくとして。あと、4月半ばの陽気を甘く見積もっていた点についても反省が必要だ。が、今それをやってもあとのまつりでしかない。現在35キロ地点。後ほんのちょっと走れば休憩地点に設定した町に着くし、あれこれ考えるのはあまり得策とはいえない。喉の渇きも癒えたので、私は再び空色をしたフレームに跨った。


 町は閑散としていて人影も車の量も少なく、それでいて施設や設備は一通り揃っている……という、ある種理想的な場所だった。人はいないから盗難の心配もないと思うが、一応は厳重にロックをかけた上でイートインに滑り込む。気温が高くなってきたのに配慮してか、エアコンの送風を入れている店内が気持ちいい。熱いコーヒーを一杯頼んで、しばしの休憩とする。





 ロードを始めたのは、高校の頃の先輩の影響によるところが大きい。彼女は自由奔放を体現したような人で、いいことも悪いことも、役に立つことも立たないことも卒業と同時に愛車に跨って行ってしまった。これは比喩とかではなく本当にそうで、式が終わってすぐ、誰とも合流せずにロードバイクで河川敷を走り抜けていって、そのまま音信不通となった。同級生たちと一緒に見送ったその光景、先輩の背中は、今なお私の脳裏に焼き付いている。

 だからって彼女の後を追おうとは思わない。私は安定志向だし、短大を出た後就職したし、ロードのためにほかを棒に振れるほどの度胸はなかった。それでもこうして、休日には100万近い値段のイタリア製で日本中を駆け巡っている。彼女に再会したいとか、そういうおセンチなものではないけど……でももしかしたら、彼女の気持ちというか、走りながら思っていたこと考えていたこと、あるいは見ていた景色が、少しだけ味わえるんじゃないかと思っている。


 コーヒーを飲み終わって、再び出発。40キロから50キロごとに休憩を挟みつつ、予約している宿に着いたら、ごはんを食べて寝る。自転車乗りとして、実に理想的な生活だ。

 バイクで走るのは壁や障害も多いけれど何よりとても気持ちいい。これからはもっと、走るのに適した季節になっていく筈だ。

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