爪跡
「ねぇ」
並んでいるときに、不意に
「爪、切っておいてね」
うん、と短く返事をした後で、顔が火照るのを感じた。楓の爪にはマニキュアが乗っているけど、私のには何もない……それが答えだ。別に塗ろうとも思わなかったが、結果的にそれが最良の選択だったわけだ。
楓は私の手を弄ぶように、握ったり指を絡ませたりする。深い光を
楓のほうがひとつ歳上で、でも背は5センチくらい低くて。天然パーマ気味の黒髪をポニーテールに結い上げた、丸っこい顔立ちだけどどこか大人びた雰囲気のかわいらしい美人だった。出会いはいわゆるマッチングアプリでだったが、私の好みである「世話を焼きたくなるような歳上」に、楓が見事に当てはまっていたのだ。私自身が末っ子だったというせいもあってか、歳上が持つ包容力と、庇護欲をそそられる存在への憧れがないまぜになって、私は自分でもびっくりするほど楓のことを好きになっていた。
「先にお風呂行ってきな」
「うん。ありがと」
楓に促され、私は脱衣所の戸を開ける。
……する前の湯浴みは、緊迫感と気恥ずかしさと、ちょっとばかりの満足感を覚える。高揚感、と言い換えてもいいかもしれない。はじめは広くて気後れしていた楓の家のお風呂も、すっかり私の身体に馴染み深くなってしまった。楓がいつも使っているらしいボディソープは、嗅ぎ慣れた彼女のにおいがしてとても安心できる。全身をとりわけていねいに洗い、彼女と同じ香りになれたら脱衣所に出る。
「待った?」
「ううん、だいじょぶ。じゃあちょっと待っててね、入ってくる」
「……うん」
楓がバスルームに姿を消すと、一気に緊張が噴き上がってきた。攻めるのは私なのに。シャワーの音と時計の秒針だけが響いている。私はネグリジェ姿でクッションを抱きしめた。
「………なに緊張してるの」
「してないってば…」
お風呂から上がって、ポニーテールを解いた楓を見られるのは、ベッドの上でだけだ。まだほんのりと温かい楓の顔に手を這わせつつ、まずはゆっくりと舌を絡め合わせていく。
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