快眠業者 ⅩⅧ
何分かそうしていた。
加奈は席を立った。快眠請負人は来なかった。約束をすっぽかされたのだろうか? そこまで考えて、駄目だ! と首を振る。既に思考が乗っ取られたと考えたほうがいい。快眠請負人にはそれができる。ブログの開設を決めた時点で、それは覚悟のうえだった筈。
店を出る。空を見上げる。暗い。暗い? そんな筈はない。加奈が入店してそう時間は経っていない。おまけに季節は春。陽が沈む時間帯ではない。スマホを点ける、いや、点かない。電源を押しても、うんともすんとも。スマホを仕舞い、加奈は駆け出した。どの辺りまで快眠請負人の支配は及んでいるのか。それがわからない以上、ここからは遠ざかるしかない。走る。いくつかブロックを抜けた先、急に空が明るくなった。否、夕暮れだしそういうと語弊があるかも知れないが……とにかく、夜空でなくなったことだけは確かだ。加奈は肩で息をしながら、手近な壁にもたれかかった。快眠請負人はすぐに自分を追ってくるだろう。
スマホを点ける。非通知の着信が一件。かけ直すべきでは……ないだろう。加奈は尻ポケットにそれを突っ込むと、目を閉じた。
そして叫ぶ。
「快眠さん!」
辺りは閑静な住宅街だった。加奈の声は響く。
「いますよね? ずっと後をつけてきたのか……それともわたしに催眠をかけたのかはわかりませんが。とにかく、ずっと夜だったのが解けた」
ひょっとすると無駄骨かも知れない。快眠請負人はここにはいなくて、加奈は独り言を呟いているだけなのかも知れない……それでも、可能性があるならそれに賭けたい。
一度、目を開く。周囲に変化はない。
「2分待ちます。それまでに貴女が現れなかった場合、ここで貴女のすべてを……わたしが貴女に出会ってからのすべてを、洗いざらいぶちまけます」
宣言。宣戦布告、というべきだろう。加奈はゆっくりと壁から背を離し、歩き出した。一歩、二歩、三歩……そこまで進んで、振り返りざまに蹴りを繰り出した。当たった。悲鳴が響いた。
さっきまではなかった、白いローブのようなものが転がっていた。人だとすぐに分かる。快眠請負人だとすぐにわかる。
加奈はしゃがみ込んだ。快眠請負人は、手にスタンガンを握っていた。加奈はそれを取り上げる。
「お久しぶりです――」
視界が滲む。
加奈と快眠請負人の3度目の出会いだった。
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