ギターケースの少女
家も資産も何もかも失って、私は全国を当てもなく放浪する旅を続けていた。実家からは縁を切られている。仕方なくひとりで生計を立てていたはいいものの、突然会社からクビを宣告され、社宅を失った。乗っていたスクーターを売って当座の資金に変え、中古のギターを買う。少しばかり弾き語りの心得があったのは幸いだ。ただし、スクーターは売っ払ってあるので、演奏でお金を取ろうにも歩くしか方法はないのだが。
とことん自由にやれるという意味では天国に近かった。日銭を稼いでやれる限りはやっていこう、そして無理なら首でも吊ろう…そんないきあたりばったりな態度で、きょうも私は旅をする。幸いにしてこの国では、どこかで野宿をしても殺されたりお金を奪われたりする心配はほとんどない。
この生活を続けて1年ほど経つが、やはり冬の夕暮れは辛い。身を縮こませつつ今夜の寝る場所を探して歩いていると、背後から声がかかった。
「ちょっと君!」
すわ職質か、私は振り返る。このライフスタイルを貫く上で最大の敵は国家権力である。治安が良いのは結構なことだが、私自身は治安維持に貢献していないとみなされるようだ。
警官ではなかった。私は嘆息した。歳格好にして10代後半から20代くらいの…私と同じか、少し下くらいの年齢層の女の子だった。快活そうなショートヘア。学校の制服らしい上下のジャージを身に着けている。薄暮でもわかるくらいよく日に焼けた肌が健康的だ。
「ちょっと今時間……ありますか?」
あ、敬語に変えたな。偉いぞ。もっとも私は未成年だが。
うんと返事をする。女の子は良かったぁ、と胸を撫で下ろした。
「何?」
「実は今日、練習試合なんですけど、ウチの学校、ブラバン部とかなくて……あっ、歩きながら説明しますね」
ショートヘアの彼女によれば、彼女の学校にはブラスバンド部の代わりに軽音楽部が他校との練習試合で演奏をしようとしていたらしいのだが、急な体調不良で欠員が出たために代役が必要になった。その代役を探しあぐねていたが、たまたま隣町でギターケースを背負った少女……私を目撃した人がおり、ワラにもすがる思いで探していたのだという。
私は二つ返事で引き受けた。ショートヘアの彼女はたいそう喜んだ。
「その代わり……」
忘れないうちに交換条件を切り出す。
「今夜、泊まる場所とか提供してくれるとありがたいんですけど」
「マジでさすらいのギタリスト⁉」
すっげー、と感激する彼女に、私は微妙な笑みで応えたのだった。
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